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1.天北(北海道)

酪農・畜産基地をめざす日本最北の地

 <1988年6月24日観測画像>

画像は宗谷丘陵のほぼ全域をとらえている。高度300メートル前後の丘陵の背骨ともいうべき頂部が南北方向に走っている。この地域の原植生はエゾマツ・トドマツであるが,現在では濃い緑色で示される丘陵東斜面の所々に残るだけである。丘頂部や宗谷岬の背後で黄褐色になっているのはササ原である。特に,宗谷岬背後は明治中頃の大火でエゾマツ・トドマツの森林が焼失した後,ササ原が出現した。密な根系をもつササが樹木の侵入を妨げるのに加えて,強風などの自然環境の厳しさが重なって,ササ原が現在でも維持されている。

この丘陵の北東側のオホーツク海沿いには頓別平野が細長く発達している。平野は全体的に低湿であり,クッチャロ湖,ポロ沼などの大小の潟湖(ラグーン)が点在する。クッチャロ湖の東縁,頓別川の河口付近には浜頓別町が位置する。この付近には海岸に平行する数列の砂丘が発達し,その一部はベニヤ原生花園となっていて初夏には美しい花が咲きみだれる。砂丘を構成する砂層の上部には鉄分が洗脱されて白くなったポドソル土壌が発達している。日本の低地でポドソルが見られるのはここだけであり,貴重な資料となっている。

この地域の開発は1642年松前藩が宗谷場所をおいたことに始まるが,本格的に開発されたのは明治に入ってからのことである。バレイショ,雑穀,デンプンの生産にはじまり,明治末にホルスタインが導入されてから,酪農への道を歩きはじめた。戦後酪農地域に指定され,60年以降の乳牛の導入,草地造成,施設整備に続き,70年以降専業的酪農経営をめざして近代化,大型化,高生産化が進められている。その結果,この地域の農家の85%以上は乳牛を飼育している。農家1戸当りの耕地面積は30〜40ヘクタール,飼育乳牛は40〜50頭である。

日本最北端のこの地は5月〜10月の平均気温が15℃と低く,土壌も粘性が強く,堅密でありしかも透水性が著しく悪い重粘土が広く分布している。このため,稲の栽培ができないばかりか畑作物の栽培も困難なため,この地域では草地型の酪農が推し進められている。画像中の平地の比較的大きい区画の圃場で栽培されているのは,ほとんどが牧草である。圃場の中で赤く撮し出されている区画は牧草が植えられる前の裸地である。

昭和59年から7ケ年計画で,宗谷岬の背後のササ原で草地開発(1,580ヘクタール)がすすめられ,日本最北の公共育成牧場が建設されつつある。ここは,平地の乳牛飼育とは異なり,肉牛の飼養を目的としている。衛星画像でも宗谷丘陵の先端部がササの黄褐色から牧草地の黄緑,造成中の裸地を示す赤に変化しているのが読み取れる。

浜頓別町のクッチャロ湖は冬季は結氷し,3月の第一日曜日に氷原まつりが行われる。この祭りの名物はこの地で考案された風圧を利用して進む帆かけスキーである。厳しい自然の中に生き,その厳しさを楽しみに利用しようとする人々のたくましさがうかがわれる。

今川俊明(農業環境技術研究所)

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