農業環境技術研究所 > データベース・画像 > 宇宙から見た日本の農業

34.伊那谷(長野)

より近郊型園芸農業を目指して

 <1990年10月11日観測画像>

伊那谷(標高400〜1,400メートル)は本州の中央に位置し,南北80キロメートル,東西10キロメートルの細長い盆地である。東側は赤石山脈(南アルプス)と伊那山脈,西側は木曾山脈(中央アルプス)に挟まれている。盆地内には天竜川が北から南へ流れ,両アルプスに源を発する多くの支流がそれぞれ扇状地を形成している。また,伊那盆地は日本で段丘の発達が最も顕著である。これは,主として断層による地盤の隆起に基因していると考えられている。その証拠に天竜川の西側(龍西)から中央アルプス山麓にかけて断層が集中し,扇状地を歪ませたり,切ったりしている。一方,伊那山脈の東側には中央構造線が南北に縦貫し,諏訪盆地(画像右上端)にはフォッサマグナ西縁断層の糸魚川−静岡構造線がかすめているなど地質学的興味の豊富な地帯である。

土壌は,龍西の段丘では黒ボク土が主体であり,南下するにつれて淡色黒ボク土,褐色低地土となる。飯田市以南は黄色土となり黒ボク土は山沿いに後退して点在する。龍東の段丘では駒ヶ根の北までは黒ボク土であるが,駒ヶ根以南は黄色土となる。石灰岩を含む南アルプスに発する河川は塩基含量が高く,土壌を肥沃化するが,花崗岩が主である伊那山脈から中央アルプスに発する河川は蒸留水並の純度を示し塩基は極めて乏しいため,土壌改良資材を必要とする。

気候は太平洋型で長野県の中では温暖な地域である。しかし,上伊那は年平均気温10〜11℃,年降水量1,500ミリ,下伊那は年平均気温12〜13℃,年降水量1,700ミリ,愛知県境では2,200〜2,600ミリに達する。両アルプスに囲まれるので気温の日較差が大きく,日照時間も多いなど作物栽培の気象条件には恵まれている。

上伊那では段丘や扇状地が古くから水田化された。段丘に用水が引かれると開田が進み,稲作を核として,酪農,アスパラガス,加工トマト等の野菜,わい化リンゴ等の果樹を複合的に取り入れた経営がなされている。伊那節に「木曾へ,木曾へと積み出す米は伊那や高遠の余り米・・・・」とあるように昔からの米所で,技術水準が高く,コシヒカリで900キロ/10アールを収穫する農家も珍しくない。

下伊那は,甘柿の北限,リンゴの南限でナシを始めとして各種の果樹が栽培される。二十世紀ナシは,鳥取に次ぐ全国第2位の産地であり,近年は幸水や豊水,わい化リンゴ,モモ,プラム等を導入して労力分散による経営拡大と収入の安定が図られている。最近,南信農試において赤ナシでは最も晩生である「南水」が作り出され,赤ナシの生産シリーズ化による産地作りを目指している。傾斜地にはナシ,リンゴの他に小梅,ブルーベリー,リンドウが栽培され,龍峡小唄に「桑の中から小唄が洩れる・・・」とある様に養蚕がいまだ健在で桑園も散見されるし,山間に入ると茶,コンニャク等の工芸作物が作付されている。

近年,中央自動車道の開通により盆地の水田地帯にも大規模な施設園芸の温室やハウスが立ち並び,アスパラガス,トマト,イチゴ,アストロメリア,カーネーション,シクラメン,ラン等が栽培され,また,エノキ,シメジ等の生産が伸び,果樹,酪農と併せて大都市へ生鮮農産物を供給する近郊型へと急速な変貌を遂げつつある。近い将来,画像右下の南アルプスを貫通して飯田ー浜松間を1時間弱で結ぶ三遠南信自動車道が開設され,東海道ベルト地帯との連絡が容易になる。標高差を利用した種々の品目の多様な栽培体系の確立を図り,都市近郊の生鮮農産物供給基地として永続的に発展できるよう試験研究の方向を見極めて行かなければならない。

松島信幸(日本地質学会会員)
吉川郁男(長野県南信濃農業試験場)

目次ページへ 前のページヘ 次のページへ