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情報:農業と環境 No.61 (2005.5)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 166:鉄理論=地球と生命の奇跡、矢田 浩著、講談社現代新書(2005)

元素としての鉄は、生命が誕生したときから、生命になくてはならないものであるばかりでなく、たぐいまれな特徴を持つ金属であることによって機械文明も電気文明も支えて、その後の生命の発展を陰で演出してきた、という。

鉄は、すべての元素の中でもっとも安定な原子核を持ち、もっている電子の数のために、生命にとっても、現代文明にとっても、かけがえのない機能を持つ元素となった。このことによって、生命の誕生と発展のなかで、鉄は数々の奇跡を起こしてきたことを私たちに分かりやすく具体的に教えてくれる。本書を手にするとき、この数々の奇跡の一ページに地球環境問題に対する奇跡も加えられるということを人々に伝えたい、という金属工学を専門とする著者の思いが伝わってくる。

本書は、地球温暖化防止のためには二酸化炭素を積極的に固定する方策が必要であり、そのための有効な方策と考えられている鉄の海洋散布を主題としつつ、これをはるかにしのぐページ数を用いて、鉄の特徴、働き、生命や文明との関わりにおける鉄の数々の役割を述べている。地球温暖化防止にとって鉄が救世主になるかどうかという議論はさておくとしても、鉄という元素の基本的な特徴や生命における役割など鉄のめざましい働きは、「ありふれた」という鉄のイメージを払拭してくれる。

目次

はじめに

第1章 奇跡の誕生

1 鉄はどこで生まれたか

鉄はなぜ宇宙に多いのか/もっとも安定な鉄の原子核/電子の衣を着て奇跡の元素になった

2 地球は鉄の惑星である

鉄は地球でもっとも多い元素である/鉄の核が生命を守る地磁気を作った/原子の海には鉄がたくさん溶けていた

3 なぜ鉄が生命と文明にとって特別な元素なのか

遷移元素とは何か/生命にとって重要な遷移元素の特徴/遷移元素のなかでもなぜ鉄が特別な意味を持つのか

第2章 生命は鉄にどのように依存しているか

1 すべての生命は鉄を必要としている

生体中の鉄濃度はなぜ海水よりも高いのか/生物は鉄を用いて生きるエネルギーを作り出す/酸化還元反応での鉄の幅広いはたらき/「鉄の輪」で酸素を安全に燃やす/光合成も鉄の輪で動く

2 暴れ者の酸素を、生物は鉄で手なずけている

鉄のはたらきで生物は酸素から身を守る/酸素を安全に運び、蓄える/窒素固定も鉄が中心となって行っている/DNAを作るにも鉄がはたらく

第3章 鉄から見えてくる生命の歴史

1 生命の誕生に鉄はどのような役割を演じたか

熱水中で生まれた生命/生命は鉄鉱石の表面で生まれた?/鉄−硫黄クラスターは生命誕生とともに/最初の生命は鉄を呼吸していた?/「鉄の輪」が生命誕生前からまわっていた/鉄の輪が稲を育てる

2 自らの首を絞める生命を鉄が救う

鉄呼吸から光合成まで/なぜ光合成細菌は紫外線の害を受けなかったのか/シアノバクテリアの出現/鉄の「内核」が作った生命飛躍の舞台/シアノバクテリアの大暴走/大暴走による環境破壊の危機を救った鉄/酸素呼吸により進化がどんどん速くなる/古生代前半までは鉄が利用できた

3 生物は上陸して鉄を確保し繁栄する

生物は鉄の節約と貯蔵に必死になる/鉄を求めて生物は陸上へ進出する/根ができて鉄不足の悩みが解消された/根が今日の生物の繁栄をもたらした/鉄が生物大繁栄のサクセスストーリーを支えた

第4章 鉄が人類を救うか

1 森の再生で海がよみがえる

人類に飢餓が迫っている/えりもに昆布が戻った/「森は海の恋人」/森は海に鉄を供給している/植物プランクトンが大気中の二酸化炭素量を決めている

2 海は鉄に飢えている

マーチン博士が遺した「鉄仮説」/「鉄理論」になった「鉄仮説」/二酸化炭素の減少も確認された/南極海への鉄供給が氷河期をもたらした/南極海でも鉄理論が実証された/日本などの実験で論争が決着するか

3 どのようにして鉄を海に返すか

化学薬品でなくてもよい/産業廃棄物で地球環境を守る

4 地球温暖化はもう怖くない

京都議定書では温暖化は防止できない/温暖化するとどうして困るのか/どうしたら温暖化は防止できるか/海洋生物による呼吸だけが間に合う対策である/「もののけ姫」と共生していくためには/自然のままの「生態系」では人類は生きていけない/人類は今や気候をコントロールできる?

第5章 鉄が人類に高度な文明をもたらした

1 鉄だけで起こる結晶構造変化

金属結晶はなぜできるか/金属結晶の中の原子/鉄のユニークな「変態」

2 鋼はなぜできるのか

鉄と鋼はどう違うのか/状態図は永遠の故郷である/なぜ鉄は硬くなるのか

3 すべては「磁性」からはじまった

鉄の電子の数が強い磁性を生んだ/鉄の磁性は金属でなくとも現れる/鉄の磁性が生んだ電気文明

第6章 鉄から見た文明史

1 材料技術に左右されてきた人類の生活

人口増加は材料技術の進歩に対応している/人類の生活は刃物の性能で決まった/ 材料の強さや硬さを比較してみる/利器の性能は何で決まるか

2 鉄と鋼をどうやって作るか

なぜ人類はなかなか鉄と鋼を作れなかったか/鋼を得るのには二つの道筋がある

3 人類はどのようにして鉄と鋼を作るようになったか

人類と鉄との出会い/製鉄技術を隠し続けたヒッタイト帝国/「暗黒時代」を経て鉄器時代へ/鉄器は強大な帝国を生んだ

4 鉄と鋼がひらいたギリシャとローマの文明世界

鉄の武具が救ったギリシャの危機/鋼の質と量がローマ帝国に覇権をもたらした

5 鉄鋼先進国の中国がなぜ「東洋の停滞」に陥ったか

ヨーロッパより千五百年も早かった製鉄技術/秦漢の製鉄技術は世界で断然トップ/森林枯渇でかげりが見えた中国の鉄

6 「新鉄器時代」はなぜイギリスで始まったか

英国の覇権を脅かした森林の枯渇/製鉄革命から産業革命へ― 「新鉄器時代」の到来/人類ははじめて自然環境の制約から自由になった

第7章 鉄器時代は終わらない

1 鉄の王座は揺るがない

「鉄は国家なり」/強度が高くても加工しやすい/高い弾性係数が構造物を安全に支える/「ただよりやすい」炭素で、高強度が得られる/加工でどんどん強靭化する/「金属疲労」に安心な設計ができる/すべての溶接法が適用できる/環境にやさしい「エコマテリアル」である

2 世界の人が豊かになるためにどのくらいの鉄が必要か

思わぬ活況に沸いている鉄鋼業界/GDPは鉄鋼消費量とともに上昇する/文明社会を維持するのに必要な鉄の量はどのくらいか

3 これからの鉄はどうなるだろうか

今後の鉄鋼の二つのシナリオ/地球環境にやさしい鉄鋼製造技術とは/炭素排出の少ない製鉄法はすでにある/炭素排出の少ない製鉄法の問題点/高品質鋼材の「ミニミル」技術の確立が必要

あとがき

参考文献

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