農業環境技術研究所の「概要」の表紙には、研究所の目的が「安全 安心 制御 次世代への環境資源の継承」と要約されている。この標語は5年前に所員が知恵を絞って考えたものである。
最近の日本の社会では、安全と安心が重要なキーワードになっている。安全と安心が必ずしも保障されない世の中となってきたためか、精神的な健康を損なう人が増えている。このため「人の精神的健康を支える農業」が注目されている。新たな研究分野として「農学と医学の融合」を進めている大学もある。分化・発展してきた専門分野を総合化する試みの具体化である。
この本は、土壌の研究者が土(土壌)について語った本である。土と人の精神的健康がテーマの一つとなっている。忙しい人こそ、精神的かつ肉体的に健康であり続けるため、土にふれて、土を理解してほしいとの思いが込められている。
著者は農業環境技術研究所の職員である。中学時代には相撲部のメンバーとして文字どおり土にまみれ、大学で土壌を学び、長いあいだ水田土壌の管理や野菜畑における養分管理の研究にまみれてきた。この本は、著者のこうした経歴があって初めて世に出た。横になっていても、気軽に読める本である。
土と健康の関係に関心のあるかたは、「第5章 土と人の健康を求めて」から読み始めるのがベストである。人を含めた生物がどこから来たのかを知りたいかたは、「第1章 生命とのかかわり」から読んでいただきたい。最後まで読み終えると、土についての科学的な知識が身に付く。それとともに、孫悟空がどこまで飛んでも、せいぜいお釈迦様の掌(手のひら)の上であったように、人は土壌から離れては暮らせないとの思いに到達するだろう。
目次
まえがき
第1章 生命とのかかわり
1 生命はどこで生まれたか
三つの考え方/アダムは土からつくられた/宇宙からやって来た/「有機物のスープ」から
2 原始生命の誕生と土の役割
タンパク質とDNAについて/仲人≠ニなった粘土
3 生命の進化と土
原始細胞コアセルベート/光合成と窒素固定/微生物から高等生物へ
4 生命のいとなみと土
膨大な数の微生物/ミミズ、ダニなどの小動物/植物の生育を支える/「土にかえる」生物界の輪廻転生
第2章 人とのかかわり
1 人類の始まりと土
木から下りた人類の祖先/肥沃な土を求めて
2 農耕の始まりと土
因縁の始まり/ムギの栽培/イネの栽培/雑穀類の栽培/イモ類とマメ類の栽培
3 文明の発展を支えた土
農耕と文明/中国文明と土/インダス文明と土/メソポタミア文明と土/エジプト文明と土
4 文明の衰亡と土
土地の荒廃が原因?―『土と文明』の見解―/塩漬けの土壌/森林や草原の砂漠化/雨・風による侵食/現代文明はだいじょうぶか?
5 日本の農耕の始まりと土
日本人はどこから来たか/縄文人は農耕をしていた/弥生人の稲作/基礎となった肥沃な土/稲作の広がりを阻んだ黒ボク土
第3章 近代科学が解明した土
1 土の研究事始め
古代の農学=wソイル・サイエンス(Soil Science)』の発行/日本の土壌学
2 土とは何か
土の材料/土ができるまで
3 土のはたらき
イオンを吸着する/化学的な緩衝作用/物理的な緩衝作用/生物的な緩衝作用/植物の育つ最良の培地として
4 土と肥料の関係
窒素は役者/リン酸は頑固者/カリは水もの/有機質肥料の効用/肥料が人口を支える
第4章 日本の風土と土
1 日本の自然環境とのかかわり
気候の影響/地形の影響/火山国日本
2 日本の土の特徴
黒ボク土/水田のパワー/酸性の悩み/森林を育て、宝物を生み出す
3 人と土との戦いとその成果
黒ボク土との戦い/酸性土との戦い/土を調査する事業
第5章 土と人の健康を求めて
1 東洋思想から見た土
「土」の字の意味/インド・中国思想では/陰陽五行説では
2 日本の風習と土
土の神さま/日本人の生活文化と土/相撲と土俵
3 土と癒し
土の香り/土とのふれあい/土と教育/園芸療法と土/農と土を求めて
4 身土不二
「身土不二」とは/地産地消/「身土不二」は「心土不二」とともに
あとがき
参考図書