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情報:農業と環境 No.64 (2005.8)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 土壌中の微生物相は夏と冬とで大きく異なり、積雪の下では未知の糸状菌が活動している

Changes in soil microbial community structure and function in an alpine dry meadow following spring snow melt Lipson, D. A. et al., Microbial Ecology 43, 307-314 (2002)

Seasonal dynamics of previously unknown fungal lineages in tundra soils
Schadt, C. W. et al. Science 301, 1359-1361 (2003)

農業環境技術研究所では、地球温暖化が農業環境におよぼす影響の予測を行っている。北海道東部においては積雪下で活動する雪腐病菌の発生様相がすでに変化しており、現地では従来発生しなかった種類の雪腐病がアルファルファに発生するようになったため、育種目標の変更を余儀なくされている。積雪下の微生物相はほとんど研究されていないが、そこでは活発な微生物活動が有機物の分解に寄与している。ここでは、米国コロラド州高地の積雪下における土壌微生物群集構造の変化と新たな糸状菌群の発見についての論文を紹介する。

要約

これまでの研究から、コロラド高地(ボルダー)における土壌微生物のバイオマスは冬に多く、春の融雪とともに減少すること、そして、この減少には温度条件と利用可能な有機物量の変化が関連していることが知られていた。この研究では、夏と冬の土壌微生物群集が機能面でも構造面でも異なるという仮説を検証した。土壌から抽出したDNAを交互にハイブリダイズする手法によって、融雪の前と後で微生物の種構成が大きく変化することが示された。細菌に対する糸状菌の割合は冬期の土壌で高く、土壌のセルラーゼ活性も夏より冬に高かった。さらに、22℃での土壌呼吸量に対する0℃での土壌呼吸量の比率は、夏期の土壌よりも冬期の土壌で高かった。 (Lipsonら,2002)

上の結果を得た同グループは、続いて、分子生物学的手法を用いて積雪下における土壌糸状菌の系統解析を行った。その結果、積雪下の土壌糸状菌相は多様で、亜門あるいは綱のレベルで異なる3つの新しいグループが存在することが明らかになった。このように、これまで知られていなかった多様な糸状菌が積雪の下で活動していることは、寒冷な環境での土壌糸状菌の多様性と生物地球化学的な機能についての理解を大きく広げる発見である。 (Schadtら、2003)

積雪地においては、土壌表面に蓄積した枯葉など新鮮なリター(植物遺体)の分解は主として積雪期間中におこることが従来より知られていた。今回紹介した2編の論文により、土壌中では冬期間に新たに出現する未知の糸状菌群によって有機物が分解されている可能性が示唆された。これらの研究は夏と冬との比較でなされたが、従来は土壌の凍結が著しかったが現在はそれほどではなくなった北海道東部ではどのような変化がおこっているのであろうか。微生物相への温暖化の影響は、雪腐病の発生相変化だけでなく、物質循環の観点からも調査する必要があるだろう。

(生物環境安全部 松本 直幸)

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