物質生産、食料・環境問題の解決などに大きく貢献する技術として、遺伝子組換え技術の成果を実用化し、社会に還元していくためには、安全性の確保と国民の理解を得ることが必要である。このため、科学的知見を蓄積し情報を整備するとともに、今後、実用化が見込まれる組換え生物の環境に対する影響評価やその評価手法の開発にも重点を置いて、本総合研究プロジェクトが開始された。
この間、国際的な関心の高まりの中で、遺伝子組換え生物利用における安全性確保などを目的として、「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が、平成15年9月に国際的に発効した。これを受けて、国内では本議定書の円滑な実施を確保するための「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(通称、カルタヘナ法)」が平成16年2月に施行された。これまでの各省の指針による「環境安全性の確認」から、「生物多様性影響の評価」が法律により義務づけられた。本研究プロジェクトで得られた調査研究や手法開発の成果が、適正なリスク評価、管理、そしてコミュニケーションと結びついて活用されることが期待される。
このプロジェクトは、平成11年度から17年度にかけて実施・推進しているが、平成15年度に終了した研究課題の成果を取りまとめ、農林水産技術会議事務局の「研究成果シリーズ第428集」として公表した。以下に、本書に掲載されている主要な研究成果を紹介する。
1)遺伝子組換え牧草が導入された場合の安全性評価のための手法および安全管理手法を開発するため、トールフェスクの繁殖特性および近縁種との交雑の可能性等を明らかにした。
2)遺伝子組換え農作物の根、葉などから産生するアレロパシー物質が農業生態系に及ぼす作用の検出手法として、プラントボックス法、サンドイッチ法、ディシュパック法、根圏土壌法を開発した。
3)組換えミニブタの糞便および土壌からのDNA抽出法とリアルタイムPCR法による定量的検出法を確立し、導入DNAの環境への漏出をモニタリングすることを可能にした。
4)パン酵母、麹菌等の食品微生物の環境中における安全性を評価するため、土壌、廃水、生ゴミ処理などの模擬的環境を用いて、組換え微生物の挙動、消長などを追跡し、環境中での生存性を評価した。
5)組換えイネ、ナタネなどを3年間一般ほ場で栽培し、環境に対する影響を調査したが、非組換え農作物との間には植物相、訪花昆虫相、土壌微生物相などにおいて差異は認められなかった。
6)組換えトウモロコシ、イネ、ナタネ、ダイズを供試して、その花粉飛散と交雑率の評価・推定手法を開発するとともに、飛散距離と交雑率との関係について多くの知見を集積して情報を提供した。
7)Btトウモロコシ花粉の飛散が非標的鱗翅目(りんしもく)昆虫の成育に及ぼす影響を評価するための新たな手法として、従来のヤマトシジミを用いた生物検定法を改良し、より簡易な検定手法を確立した。
8) 組換え体の社会的受容を深めるための方策等を検討する社会科学的研究として、コンセンサス会議を試みたほか、海外における組換え体の産業的利用状況と規制体制、PA(パブリック・アクセプタンス)手法などに関する情報を継続的に収集し、その分析を行った。
9)PCR増幅産物をプラスミド上に組み込んだDNAを標準物質として使用し、リアルタイムPCR法を用いて遺伝子組換え農作物(ダイズ1系統、トウモロコシ5系統)を特異的に検知・定量する分析法を開発した。
この研究成果報告の目次と研究年次、主任研究者、研究場所を以下に示す。
目次
第1章 組換え体についての科学的知見の蓄積
(1) 今後実用化が見込まれる組換え体の環境安全性評価手法の開発
[1] 組換え植物の環境安全性評価手法の開発に関する研究
ア 組換え牧草の安全性に関する研究
1) トウモロコシ蔗糖リン酸合成酵素遺伝子導入トールフェスクの安全性評価
2) 牧草類組換え体植物の開放系における遺伝子拡散評価のための基礎研究
3) 虫媒牧草Lotus属等を用いた開放系における遺伝子拡散及び環境への影響評価法の開発
3)-1 Lotus属牧草の開放系における遺伝子拡散の評価法の開発
3)-2 アルファルファの花粉移動性及び導入遺伝子の影響の評価
3)-3 多年生ソルガムの繁殖様式及び雑種形成による拡散性の評価
3)-4 ギニアグラスの雑種形成による遺伝子拡散性の評価
イ 新規組換え植物の環境に及ぼす安全性評価に関する研究
4) 遺伝子組換え植物が農業生態系に及ぼす作用の検出のための化学生態学的手法の開発
5) トウモロコシ由来のC4光合成関連遺伝子を導入したイネの環境影響のための新たな安全性評価項目の検討
6) 組換えキウイフルーツの安全性評価項目の検討及び根圏環境への影響評価
7) 組換えリンゴの開放系利用に向けた長期影響評価
[2] 組換え森林生物の環境安全性評価手法の開発に関する研究
1) ポプラ組換え体の安全性評価手法の開発
[3] 組換え動物の環境安全性評価手法の開発に関する研究
1) 遺伝子組換え家畜の開放系利用に向けた安全評価のための研究
2) 組換え魚類に関する安全性管理手法の開発
[4] 組換え微生物の環境安全性評価手法の開発に関する研究
ア 環境微生物の安全性評価手法の開発に関する研究
1) キチナーゼ遺伝子導入細菌によるバイオコントロール技術の開発
2) 環境修復を目的とする組換え微生物の遺伝子移動・拡散の評価
3) 有用組換え微生物におけるスイサイドシステムの発現制御
イ 食品微生物の安全性評価手法の開発に関する研究
4) セルフクローニングで作出した製パン用酵母の環境影響評価手法に関する研究
5) 組換え麹菌等の環境安全評価手法に関する研究
6) 味噌製造試験室・工場からの麹菌の拡散実態調査
7) 実験室・工場からの納豆菌の拡散実態調査
(2) 国民が安心して組換え体を利用していくための取組
[1] 組換え体の環境安全性に関する科学的指摘を解明するための研究
ア 組換え体の栽培に関しての指摘事項を解明するための研究
1) 組換え農作物の長期栽培による環境への影響モニタリング(ナタネ)
2) 組換え農作物の長期栽培による環境への影響モニタリング(ダイズ)
3) 組換え農作物の長期栽培による環境への影響モニタリング(イネ)
4) 組換え農作物の長期栽培による環境への影響モニタリング(トウモロコシ)
5) 組換え農作物の長期栽培による環境への影響モニタリング(イネ)
イ 組換え植物の安全性に関する指摘事項を解明するための研究
1) 鱗翅目昆虫に対する害虫抵抗性遺伝子導入トウモロコシの安全性評価
2) 組換え体植物の開放系での利用に伴う遺伝子拡散のリスク評価のための基礎的研究
3) 組換え体栽培条件下等における自然突然変異発生のモニタリング
4) 組換えトマトを台木とした植物における導入遺伝子産物の転流の生物学的解析
5) 経代による組換え体導入遺伝子発現の変化の確認とその機構の解析
6) サテライトRNA遺伝子を導入したウイルス抵抗性トマトにおけるサテライトRNAの変異性の解明
ウ 組換え技術に関する指摘事項を解明するための研究
1) ウイルス遺伝子導入植物における組換えウイルスの検出とその発生解析
2) RNA型植物ウイルスベクターの安定性とその評価法の開発
3) 植物表生菌における遺伝子の水平移動・ゲノムの再編成の分子機構の解明
4) ウイルス遺伝子導入作物に感染したウイルスのトランスカプシデーションとその影響の解析
5) 微生物有害遺伝子クラスターの破壊及び制御法の開発
6) ゲノム解析情報に基づく遺伝子が水平伝搬した頻度の評価
[2] 市民からの要請・提案に対応するための研究
1) 市民からの提案に対応するための研究
2) GMOの社会的受容を深めるための方策に関する研究
(3) 組換え農作物の食品及び飼料としての安全性確保
1) 安全性確認の必要な物質の分析に関する試験研究
2) 組換え農作物の安全性評価のための食品成分データベースの作成
(4) 組換え遺伝子検出技術等の高度化
[1] 原材料段階での検出技術の向上のための研究
1) 実用的な組換えDNA分子の検知技術の開発
2) 組換え生物・食品評価のためのワンチップ遺伝子検知デバイスの開発
3) ヒト不死化B細胞を用いた組換え作物のアレルゲン性評価法の開発
[2] 加工食品からの検出技術の向上のための研究
1) 農産物加工品中の組換え体混入率の定量化技術
第2章 社会動向の把握
[1] 海外諸国における組換え体の産業的利用状況と規制体制の調査
1) 海外諸国における組換え農産物の生産・流通・表示に関する政策動向の解析
2) 海外諸国における組換え農産物の生産・流通・消費動向及びフードシステムに及ぼす影響の解明
3) 海外諸国における組換え体の利用状況と規制体制の調査
[2] 組換え体の商業化に関する消費者の意識と開発者意識の調査
1) 組換え体の商業化に関する意識調査
研究年次
平成11年度〜15年度
主任研究者
主任受託者:
農業環境技術研究所長
西尾道徳(平成11年4月〜12年3月)
陽 捷行(平成12年4月〜13年3月)
農業環境技術研究所理事長
陽 捷行(平成13年4月〜16年3月)
主任主査:
農業環境技術研究所環境生物部長
河部 暹(平成11年4月〜13年3月)
農業環境技術研究所生物環境安全部長
河部 暹(平成13年4月〜14年3月)
岡 三徳(平成14年4月〜16年3月)
推進リーダー(とりまとめ責任者):
農業環境技術研究所微生物管理科長
植松 勉(平成11年4月〜12年3月)
塩見敏樹(平成12年4月〜13年3月)
農業環境技術研究所微生物・小動物研究グループ長
塩見敏樹(平成13年4月〜16年3月)
副推進リーダー:
農業環境技術研究所植生研究グループ長
岡 三徳(平成13年4月〜14年3月)
小川恭男(平成14年4月〜16年3月)
研究場所
国立研究機関:農林水産政策研究所
独立行政法人:
農業・生物系特定産業技術研究機構(中央農業総合研究センター、果樹研究所、畜産草地研究所、北海道農業研究センター、近畿中国四国農業研究センター)、農業生物資源研究所、農業環境技術研究所、食品総合研究所、森林総合研究所、水産総合研究センター、農林水産消費技術センター
都道府県:
長野県畜産試験場、愛知県農業総合試験場、沖縄県畜産試験場、新潟県農業総合研究所、茨城県工業技術センター、東京都健康安全研究センター
大学:
筑波大学、愛媛大学、北海道大学、京都大学、北陸先端科学技術大学院大学
民間:
(株)中外医科学研究所、(財)日本食品分析センター、(財)食品環境検査協会、(社)農林水産先端技術産業振興センター、(株)三菱化学安全科学研究所
なお、農業環境技術研究所では、生物環境安全部(該当するページは削除されました。2010年11月)の組換え体チーム(該当するページは削除されました。2010年11月)が中心となって、遺伝子組換え生物の環境影響評価と安全性評価手法の開発の研究を行っている。組換え作物を用いたほ場試験の情報を「遺伝子組換え作物の栽培実験について」で公開しているので参照いただきたい。