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情報:農業と環境 No.67 (2005.11)
独立行政法人農業環境技術研究所

第5回有機化学物質研究会:「POPs及び農薬の環境挙動予測のための数理モデル −開発の現状と今後の展望−」の報告

第5回有機化学物質研究会が、9月27日に農業環境技術研究所で開催されました。

化学物質の環境中での挙動を表現する数理モデル(環境内運命予測モデル)は、環境が化学物質にどの程度汚染されるかを予測するのにもっとも有効な手段の一つとなっています。残留性有機汚染物質(POPs)や農薬などの有機化学物質の環境中での挙動を正しく評価するためには、これらの環境中での残留性、分解性、さらにはどのように移行してどこに分布するかを把握する必要があります。

そこで第5回研究会では、最近わが国で開発されつつあるPOPsや農薬の環境挙動予測に関する各種数理モデルの研究・開発方向を探ることを目的としました。下にその概略をお伝えします。

開催日時: 平成17年9月27日(火)10:00 − 17:00

開催場所: 農業環境技術研究所 大会議室 ほか

参加人数: 140名
所内:64名
所外:76名(独法:8、大学:4、公立農試:39、行政:6、関連団体:19名)

講演の内容

講演1では、「数理モデルに求められる行政的ニーズ −欧米の事例から−」の演題で與語靖洋氏(農環研)から話題提供がありました。まず農薬のリスク評価(暴露評価と毒性評価)に関して簡単な解説があって、続いてヨーロッパやアメリカにおける農薬の環境中挙動予測モデルについて、シナリオ(予測するための地理や気象条件)や入力データを中心に紹介しました。さらにわが国における数理モデルの検証に必要なことについて、シナリオ、入力データ、モデル構造に分けて説明されました。

講演2では、「水田・畑における数理モデルの現状と今後の課題」の演題で稲生圭哉氏(農環研)から話題提供がありました。欧米で利用されている畑地をベースにした農薬の挙動予測モデルや、わが国で開発中の水田における予測モデルについてやさしく解説しました。またこれらの数理モデルを環境モニタリングの設計やリスク評価に利用する可能性などについて説明されました。

講演3では、「河川に流入する農薬の挙動予測モデルの現状と問題点」の演題で井上隆信氏(豊橋技術科学大学)から話題提供がありました。畑地と水田が複雑に入り組んだわが国の河川流域において、農薬の河川中の挙動を予測する数理モデルの原理や基本的な構造について解説しました。またGIS(地理情報システム)などの地理情報と組み合わせるこの数理モデルの構築や利用における問題点についても報告されました。

講演4では、「地球規模の農薬挙動に関するマルチメディアモデル開発の現状」の演題で西森基貴氏(農環研)から話題提供がありました。POPsや農薬の地球規模の挙動を予測するモデル(マルチメディアモデル)について、はじめに世界におけるこのようなモデルの基本的な考え方と現在までの開発状況について簡単に説明があり、続いて、水田が新しい媒体(メディア)として組み入れられた農環研で開発中の数理モデルについて具体的に解説されました。

講演5では、「発生源周辺における大気汚染物質の拡散予測モデル」の演題で吉門洋氏(産業技術総合研究所)から話題提供がありました。いわゆる公害問題に端を発した汚染物質(NOxやSOx等)の拡散予測モデルの基本概念や特性について解説があって、そのモデルが行政や現場においてどのように利用されているかの報告がありました。また現在公開されているモデル(通称:METI−LIS)の公開までの経緯と操作性についても、具体的にプログラムを動かしながら説明されました。

論議の内容

講演の後、今回の新しい試みとして、4つのグループに分かれてグループディスカッションを実施しました。水田モデルのグループでは、数理モデルを行政においてどのように活用できるか、また現場からの要望として、METI−LISのようなビジュアル化が取り上げられました。流域モデルでは、モデルに必要な入力データをだれでも利用できるように公開してほしいという要望や、GIS情報とのリンク方法の改良について議論されました。マルチメディアでは、メディアとしての水田と海洋の位置づけ、入力データとしての降雨や有機化学物質の分解性の取り扱いについて検討されました。ドリフトモデルでは、汚染物質の発生源が煙突のような「点源」や道路のような「線源」から、農薬利用のような「面源」に発展する可能性や、農薬のように下に強く吹き付ける場合のドリフトをどのように取り込むかについて意見交換が行われました。

最後に行われた総合討論では、これらの数理モデルの検証に必要な入力データ自身の精度を高めることや、より多くの情報を公開することの必要性、数理モデル検証のために都道府県を中心としたモニタリングデータをどのようにして有効に活用するか、入力データに関するデータベースをどのようにして構築するかなどについて、さらに議論が深められました。最後に、この研究会を通して、わが国におけるPOPsや農薬の環境中挙動を予測するための数理モデル研究への関心や要望の高さを知ることができた一方で、研究が立ちおくれていることも痛感しました。

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