前の記事 目次 研究所 次の記事 (since 2000.05.01)
情報:農業と環境 No.68 (2005.12)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 189: 予防原則 ―人と環境の保護のための基本理念―、大竹千代子・東賢一 著、合同出版(2005) ISBN:4-7726-0333-6

安全で安心できる社会を維持するため、人の健康や環境に対する影響の未然防止に向けてさまざまな取り組みが行われている。また、未然防止よりさらに有効な手段として「予防」という方策を講じる必要性が指摘されており、欧州連合(EU)を中心に、規制という観点からも「予防原則」の考え方が導入されている。わが国では、環境基本計画などで「予防的方策」という用語が使われているものの、「予防原則」の考えは定まっていない。このような状況を背景に、「化学物質と予防原則の会」のメンバーから本書が出版された。

最初に、「予防原則(Precautionary Principle, The Principle of Precautionary Action)」について、「潜在的なリスクが存在するというしかるべき理由があり、しかしまだ科学的にその証拠が提示されない段階であっても、そのリスクを評価して予防的に対策を探ること」を一般的な定義としている。「予防原則」の概念は、ドイツ、スウェーデンが、主として化学物質による環境汚染や健康被害を規制するために導入したのが最初であり、政策面からも産業界と一般市民との両者に対し、目的を達成するためには行動様式も変えさせるような強固な力があることを示している。

予防原則の制度化は、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」の出版を契機にして化学物質の使用・製造の規制・禁止、さらに、国際的な具体的取り組みに発展している。たとえば、オゾン層破壊物質の除去を目的としたモントリオール議定書(1987年)、環境と開発に関するリオ宣言(1992年)、生物多様性条約(1992年)、気候変動枠組み条約(1992年)、カルタヘナ議定書(2000年)など、多くの条約や協定が内容に「予防」の概念と今後の対応方法を提示している。一方、米国政府は、「予防」は必要であるものの貿易政策などに乱用される可能性があるとしてその導入を拒否しており、その理由に「技術革新が滞り、世界中の経済が停滞するだろう、公衆の健康と環境は規制官の指導という名目で悪くなるだろう。その結果、推論的で正当な理由のない危険が想定される」としている。

さらに、予防原則の適用例として、(1)PCB、POPs(残留性有機汚染物質)、農薬など化学物質の規制、(2)絶滅危惧(ぐ)種、遺伝子組換え生物など生態系の保全に向けた取り組み、(3)水銀、BSE、放射線など子供の環境保健に向けての対応などについて紹介されている。

わが国では、「予防原則」の導入についての検討が緒についたばかりである。環境基本法、化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)、PRTR法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)、食品安全基本法などに、予防的方策に関する内容が含まれているが、法律での「予防」という用語は「科学的不確実性が存在する場合の対応のあり方に関連するものではなく、むしろ被害の未然防止という意味で用いられている」と指摘している。本書の最後に、「安全と安心」を得るための基本理念として予防原則を導入することが必須であり、政策決定の過程にすべてのステークホルダー(利害関係者)が参加した透明性をもった議論の必要性を説いている。環境リスクに関心のある方は、今後の政策決定を理解する上で一読をお勧めしたい。

目次

はじめに

第1章 予防原則の基礎知識

1.1 予防原則の定義、未然防止との違い

1.2 予防原則の原点

第2章 予防原則の歴史

2.1 予防原則の時代区分

2.2 予防原則前史

2.3 未然防止から予防原則へ

2.4 国連、国際機関による予防原則の導入の動き

2.5 欧州の予防原則の流れ

2.6 北米の予防原則の多様性

2.7 米国政府の予防(原則)の歴史

第3章 予防原則適用の指針

3.1 欧州連合(EU)

3.2 ウィングスプレッド声明とその流れを受け継ぐ予防原則の指針

3.3 WHO及びWHO欧州地域事務局の予防原則の指針

3.4 カナダ政府の予防原則

3.5 英国政府の予防原則

第4章 予防原則の適用事例

4.1 化学物質の規制と予防原則

4.2 生態系の保全と予防原則

4.3 子供の健康保護と予防原則

4.4 WHO電磁界(EMF)における予防原則の適用:1996−2006年プロジェクト

4.5 欧州環境庁の予防原則報告書

第5章 日本における予防原則の過去と現状

5.1 日本における予防原則適用有無の事例の検証

5.2 法律に見る日本の予防の概念

5.3 環境省:環境政策における予防的方策・予防原則のあり方に関する研究会

5.4 予防原則にかかわる国会質問

第6章 予防原則適用のための課題

6.1 リオ宣言の解釈から

6.2 クライテリア作成の要素

あとがきにかえて

略語一覧

参考文献

索引

前の記事 ページの先頭へ 次の記事