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情報:農業と環境 No.70 (2006.2)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 土壌インベントリーを利用した英国における土壌炭素損失の解析

Carbon loss from all soils across England and Wales 1978-2003,
Pat H. Bellamy, et al., Nature 437, 245-249(2005)

農業環境技術研究所では、農業環境資源の実態把握と将来予測のため、農業環境インベントリーの研究を行っている。その重要な要素の一つに土壌インベントリーがある。土壌インベントリーには、過去に実施された土壌調査のデータや試料が蓄積され、土壌に関するさまざまな解析に利用されている。ここでは、土壌インベントリーを活用して英国における土壌炭素の変動を解析した論文を紹介する。

英国の土壌インベントリーは、土壌の分布と表層土壌の特性を評価する目的で構築され、イングランドとウェールズにおいて5km間隔で土壌試料と断面情報が収集されている。最初の調査は、1978年から1983年にかけて、5662地点を対象として実施された。95%の信頼度で炭素含量の変動が検出できるようにその約40%の地点が選定され、12年から25年の間を置いて2度目の調査が行われた。

土壌中に存在する炭素の量は、草木や大気中の炭素量の2倍以上であるため、土壌炭素含量の変化は地球規模の炭素循環に大きな影響をあたえる。気温の上昇によって土壌からの二酸化炭素の放出量が増加し、気候変動に拍車がかかる可能性が指摘されているが、その根拠となる炭素循環メカニズムは、これまで小規模な室内実験やほ場実験、あるいはモデル研究から推測されてきた。そこで筆者らは、上記の土壌インベントリーのデータを利用して、土壌炭素含量の実際の変化を調べた。

調査の間隔が地点ごとに異なるため、調査期間内の土壌炭素含量の変化は一定であると仮定して統計解析が行われた。その結果、イングランドとウェールズの土壌からは炭素が平均して年0.6%の割合で失われており、炭素含量が100g/kgを超えると炭素損失速度は年2%以上になっていた。スコットランドと北アイルランドにも同じ条件を適用し、深さ0−30cmでの炭素変動が0−15cmでの変動と同じであると仮定すると、英国全体の年間の土壌炭素損失量は、13Tg(テラグラム)(1300万トン)と推定された(参考:英国の産業から放出される二酸化炭素量は年間約150Tg)。

土壌の炭素含量は、植物による炭素の供給と、分解、溶脱など土壌プロセスによる炭素の除去に依存し、これらの速度は土地利用や気候に影響される。そこで、土壌タイプや土地利用の違いと炭素含量の変動との関係を解析したところ、泥炭土での低下が大きい以外には明確な傾向はみられなかった。一方、土壌調査が行われた期間中に、英国の平均気温は0.5℃上昇していた。気温が上昇すると微生物による土壌有機物の代謝が活発になるため、炭素の分解が促進される。また、炭素を多く含む土壌は分解可能な有機物の量が多く、炭素含量が低い土壌と比較すると温度上昇とともに分解速度が急速に高まる。以上のことから、筆者らは土壌調査期間中の土壌炭素の損失は、土地利用変化よりも気候変動の影響によるものと推測している。

(農業環境インベントリーセンター 戸上 和樹)

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