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情報:農業と環境 No.71 (2006.3)
独立行政法人農業環境技術研究所

外来生物被害防止法と特定外来生物に指定された外来植物

はじめに

生物多様性条約の第8条には、生態系、生息地または種を脅かす外来生物の導入防止、抑制および撲滅が掲げられている。また、侵略的外来種(invasive alien species)は生物多様性にとって脅威であることから、それらに対する緊急対応の必要性もうたわれている。さらに、第6回生物多様性条約締約国会議(2002年)では、15の指針原則に基づき、外来種対策に関するガイドラインあるいは法律の整備が示唆された。

これらを受けてわが国では、外来生物による生態系、人命や健康、農林水産業に対する被害を防止するために、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(以下、外来生物被害防止法と略す)が2004年6月に成立した。その後、本法律は、省令や政令等の関連法規の整備を待って、2005年6月1日から施行されている。

1.外来生物被害防止法の概要

外来生物被害防止法では、生態系被害等をもたらす、またはその可能性が高い外来生物(すでに日本に導入されているものと未導入のもの含む)を特定外来生物として政令によって定め、その飼養や輸入等を原則的に禁止する(罰則は最高3年以下の懲役、または300万円以下の罰金)。ただし、飼養や輸入等にかかわる許可を環境大臣から得るとともに、取り扱い等に関する厳密な規制事項の遵守を担保すれば、特定外来生物であっても飼養や輸入等が可能となる。また、すでに国内に定着している特定外来生物については、必要に応じて防除が義務付けられる。防除にあたっては、国が全国的な防除実施計画を策定し、地方公共団体等がこれを受けて地域の実情に即した方法で対処する。

また、生態系被害等をもたらすかもしれない未導入の外来生物については、未判定外来生物として主務省令に定め、その輸入に際しては環境大臣への届け出が義務化される。環境大臣は、届け出の内容について学識経験者に意見を聴き6か月以内に輸入の可否を判定する。しかし、未判定外来生物については、生態系を明らかに加害しないものを除いて、未導入である全種を対象とするので、実質的には指定が難しい。一方、外見から、特定または未判定外来生物ではないことが容易に判別できない生物については、輸入証明書添付生物として指定され、輸入に際して、外国政府機関の種名証明書の添付が必要になる。

この法律を所管する主務大臣は環境大臣であるが、農業被害等の防止に係る事項については、これに農林水産大臣が加わって所管する。また、特定外来生物等の指定に際しては、被害判定を基に有識者の意見を聴取し、指定候補をリストアップする。そして、候補に対するパブリックコメントを求めるためにそのリストを公表し、寄せられた意見を反映させて最終的に決定する仕組みになっている。一方、指定候補のリストアップ作業時には、社会・経済的な影響も考慮することになっているため、外来生物を利活用している産業界との意見調整が不可欠であり、指定候補となる種によっては調整が紛糾することがある。

2.外来生物被害防止法の適用外となる生物

1)在来生物

本法律で定義される外来生物は、明治維新以降に導入された生物である。したがって、日本固有の生物種のほかに、導入歴が古い生物についても在来種として規定され、これらすべてが本法律の適用外となる。

2)植物防疫法とカルタヘナ担保法等で規制される生物

国境を越えて移動する生物の取り扱いは、これまでおもに植物防疫法とカルタヘナ担保法によって管理・規制されてきた。前者は農業被害をもたらす病害虫を、後者は遺伝子組換え生物を対象としている。

外来生物被害防止法では、これらの法律において管理・規制される生物は適用外となる。すなわち、本法律は、植物防疫法とカルタヘナ担保法を補完する法律として位置づけられ、生態系被害等をもたらす外来生物の輸入と飼養の制限および必要に応じた防除を掲げている。

3)微生物

肉眼による個体判別が難しい微生物のような生物については、本法律の適用外となる。

4)在来種との判別が難しい外来種

形態的に在来種との判別が難しい外来種については、本法律の適用外となる。つまり、遺伝子解析等の特殊な調査研究を通してのみ判別可能な種を法律上で規定することが難しいため、遺伝子レベルの分類概念を除く法律となっている。法律の実効性を考慮すると、やむを得ないものと思われるが、実際には、外来遺伝子の侵入・浸透を通じて、深刻な問題の発生が懸念されている。

たとえば、在来種にない除草剤抵抗性遺伝子を有する海外の同種植物が侵入すると、その遺伝子は交雑を通して在来種集団内に浸透し、遺伝的撹(かく)乱をもたらすことが容易に考えられる。また、よく知られた事例として、在来タンポポとセイヨウタンポポとの雑種問題がある(Shibaike, H., 2003)。この雑種は日本各地に蔓(まん)延し、在来タンポポとのさらなる交雑により遺伝的撹乱をもたらすばかりか、在来タンポポを駆逐しかねない。

本法律では、被害判定項目のひとつとして、外来生物による遺伝的撹乱をあげているものの、こうした外来遺伝子問題に対する積極的な対策にはなっていない。そのため、遺伝的撹乱、あるいはそれを介した生態系被害等を早期検出するための調査研究を充実し、それらの結果を反映させた本法律とは別途の防止対策が重要となる。

3.外来生物被害防止法の問題点

本法律の問題点として、前述したとおり、(1)特定外来生物等のリストアップに際する産業界との意見調整問題、(2)外来遺伝子の侵入による遺伝的撹乱問題がある。これらの問題点は、的確なリスク評価に基づくゆらぎのない被害判定およびリスク・ベネフィット分析法の導入、あるいは遺伝的撹乱を早期検出するための調査研究の拡充により、解決されるものと思われる。

しかし、本法律の適用範囲は外来生物の輸入および国内での飼養・栽培に限定されているため、国外からの意図しない導入については、環境大臣が場合に応じて対処することになっているものの、ほとんど規制されない。意図しない導入の経路として、植物では、輸入資材(穀類、栽培用作物種子、粗飼料、ランなどの栽培に用いる水苔、その他一般貨物等)中に混入する野生植物種子があり、とくに、年間数千万トンにもおよぶ輸入農産物については、外来植物のもっとも深刻な侵入経路となっている。そこで、さまざまな侵入経路の周辺を監視して、新たな外来植物を早期に検出し、それらの拡散予測、具体的な被害予測を行うためのモニタリング体制の強化が重要となる。

4.特定外来生物に指定された外来植物

2005年6月1日の法律施行時に、特定外来生物として第一次指定された外来植物は、ナガエツルノゲイトウ(Alternanthera philoxeroides)、ブラジルチドメグサ(Hydroctyle ranunculoides)、ミズヒマワリ(Gymnocoronis spilanthoides)の3種で、いずれも水生植物であった。これらは、南関東や西日本の河川および農業用水路などで旺盛(おうせい)な生育と繁殖を繰り返しており、競合を通じて在来植物を駆逐する恐れがあることを根拠として指定された。

また、2006年2月1日には、第二次指定として、新たに9種が特定外来生物に加えられている。それらには、アゾラクリスタータ(Azolla cristata)、オオフサモ(Myriophyllum aquaticum)、オオカワジシャ(Veronica angallis-aquatica)、ボタンウキクサ(Pistia stratiotes)、スパルティナアングリカ(Spartina anglica)といった水生植物のほかに、陸生植物のアレチウリ(Sicyos angulatus)、オオキンケイギク(Coreopsis lancelota)、オオハンゴンソウ(Rudbeckia laciniata)、ナルトサワギク(Senecio madagascariensis)が含まれている。これらのうち、スパルティナアングリカは日本に未侵入であるが、近年海外で蔓延問題を引き起こしていることを根拠に指定された。また、アゾラクリスタータとオオカワジシャは、競合・駆逐の恐れに加えて、在来種との交雑を通じた遺伝的撹乱の恐れも指定の根拠となっている。

一方、ボタンウキクサ、オオキンケイギク、オオハンゴンソウおよびアレチウリは、私たちがよく知っている植物であり、本法律が次第に身近になりつつあることが実感される。とくに、ボタンウキクサとオオキンケイギクを観賞用に栽培している方々は少なくないと思われるが、栽培をやめないと処罰の対象になる。また、アレチウリは飼料畑の雑草にもなっており、その種子が飼料中に混入すると、家畜のお腹を通しても生存することから、堆肥などによって拡散される懸念がある。畜産農家が特定外来生物を拡散したとなると、農業規範に反し、大きな問題になるかもしれない。

おわりに

外来生物被害防止法は新しい法律であると同時に、私たちに身近な法律でもある。法律の内容をよく知ることによって、外来生物によるさまざまな被害を防止できるし、知らず知らずに加害者になることもない。環境省では、法律の趣旨・内容を周知徹底するための努力を重ねているが、もしご存知ない方があったら、この記事を参考にしていただききたい。

また、農環研では、本法律の円滑な実施に貢献するために、2005年から科学技術振興調整費・重要問題解決型プロジェクト研究として「外来植物のリスク評価と蔓延防止策」を開始している。この研究では、(1)外来植物のリスクを評価する方法、(2)規制すべき外来植物種、(3)被害の大きい外来植物の効率的で安全な防除法などについて明らかにし、成果を環境省や農林水産省の担当部局へさまざまな形で提言している。一方、公開セミナー「外来植物のリスクを調べて、その蔓延を防止する」を各地で開催し、法律の概要と研究成果を一般市民の方々にわかりやすくお伝えする活動も行っている。本年の3月5日(日)には倉敷市において、9月(日時は未定)には福岡市においてそれぞれ公開セミナーを開催するので、興味のある方はふるってご参加いただきたい。公開セミナー開催の情報については、プロジェクト「外来植物のリスク評価と蔓延防止策」のWebサイト( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/project/plant_alien/index.html )をご参照願いたい。

参考文献:

Shibaike, H. (2003) Proceedings of International Seminar on Biological Invasions, Environmental Impacts and the Development of a Database for the Asian-Pacific Region,NIAES & FFTC, 2003.

(生物環境安全部 小川 恭男) 

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