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情報:農業と環境 No.75 (2006.7)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 輪作畑の炭素収支

Carbon budget of mature no-till ecosystem in North Central Region of the United States
Hollinger et al.
Agricultural and Forest Meteorology 130, 59-69 (2005)

農業環境技術研究所は、地球環境変化にともなうCO (二酸化炭素) などの温室効果ガス収支の変動を調べるため、国内の水田と湿地、国外の湿地において長期モニタリングを継続して実施している。また、世界各地の陸域生態系で得られた観測データを公開し、研究に利用するためのデータベース (Ecosystem Database)を構築・運用している。

今回紹介する米国の研究グループによる論文は、「渦相関法による農業生態系のCO収支の観測結果はどのように集約すべきか?」という問いに対する一つの指針を示すものである。同時に、この論文に対するコメントとそれへの反論は、現時点の渦相関法による観測研究の問題点を指摘しており、今後に残された課題を示している。

渦相関法は、生態系規模の大気と地表面のCOの交換量を連続して測定できる手法であり、世界各地の生態系におけるCO収支の評価に用いられている。人為的な干渉のない自然生態系では、渦相関法で測定したCO交換量を積算するだけで対象地域のCO収支を評価できる。しかし、農業生態系では、人間活動が活発に行われており、それらの影響を考慮しなければ正確なCO収支を評価することができない。この論文の著者らは、渦相関法によるCO交換量の観測結果と農業統計値とを組み合わせることによって農業生態系の広域のCO収支を評価することを試みた。

要約

米国イリノイ州のトウモロコシ・大豆の輪作畑(不耕起栽培)における渦相関法を用いたCO交換量の6年間の観測結果と農業統計値(作物生産量、輸出量など)を用いて、輪作畑のCO収支を評価した。渦相関法による観測では、大気から輪作畑に吸収されるCOの量は 576 g C / m・年 (トウモロコシ期) と 33 g C / m・年 (大豆期)であった。だが、播種(はしゅ)・収穫など農作業時の燃料消費にともなうCOの放出や収穫物の輸送・消費を考慮すると、圃場(ほじょう)、地域、全球と対象範囲を大きくするにつれて吸収量は小さくなり、収穫物のすべてが世界のどこかで年内に消費されると想定する全球規模のスケールでは、このトウモロコシ・大豆輪作畑のCO収支は 30 g C / m・年 の吸収となった (論文発表時は 90 g C / m・年 とされていたが、計算式が訂正され、30 g C / m・年 となった。訂正は、Agric. Forest Meteorol. 136, 88-89)。したがって、この農業生態系は小さいながらもCOの吸収源となっており、長期的な視点で考えると、地球温暖化の緩和に貢献していると考えられる。

この論文の特徴は、農業生態系のCO収支を、大気と作物・土壌間のCO交換だけで評価するのではなく、農作業の過程で放出されるCOや収穫物の輸送・消費などを考慮した農業システムのCO収支として評価していることである。農業が地球温暖化問題に果たす役割を評価するためには、農作物だけではなく、人間の活動による要素も含めて考察しなければならない。

この論文について、30 g C / m・年 という数値は誤差の範囲内であり、COの吸収源とは断言できないというコメントが掲載された (Agric. Forest Meteorol. 136, 83-84)。論文の著者らはこのコメントに反論しているが (Agric. Forest Meteorol. 136, 85-87)、評者もコメントの内容 (COの吸収源とは断言できない) を採用したい。農業生態系のCO収支は、吸収(あるいは放出)であれ、バランスしている状態であれ、その数値はゼロに近いと考えられるので、誤差の評価は重要である。しかし、渦相関法による観測データの誤差の評価についての研究はまだ十分ではないため、ていねいな観測を継続することによってデータを蓄積するとともに、その誤差(不確実性)を適切に評価することが必要である。

(大気環境研究領域 間野 正美)

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