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情報:農業と環境 No.77 (2006.9)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(1) 有機化学物質リスク評価RP

中期目標期間 第 II 期(平成18−22年度)において、農業環境技術研究所は、次のような研究・技術開発を重点的に実施しています。

A 農業環境のリスクの評価および管理技術の開発

1) 農業生態系における有害化学物質のリスク管理技術の開発

・ 農業環境中における有害化学物質のリスク評価手法及びリスク管理技術の開発

2) 農業生態系における外来生物及び遺伝子組換え生物のリスク管理技術の開発

・ 外来生物及び遺伝子組換え生物の生態系影響評価とリスク管理技術の開発

B 自然循環機能の発揮に向けた農業生態系の構造・機能の解明と管理技術の開発

1) 農業生態系の構造・機能の解明と評価

・ 農業生態系を構成する生物群集の動態と生物多様性の解明

・ 農業生態系機能の発現に関与する情報化学物質の解明

2) 農業生態系の変動メカニズムの解明と対策技術の開発

・ 地球環境変動が農業生態系に及ぼす影響予測と生産に対するリスク評価

・ 農業活動等が物質循環に及ぼす影響の解明

C 農業生態系の機能の解明を支える基盤的研究

1) 農業に関わる環境の長期モニタリング

・ 農業環境の長期モニタリングと簡易・高精度測定手法の開発

2) 環境資源の収集・保存・情報化と活用

・ 農業環境資源インベントリーの構築と活用手法の開発

これらの研究・技術開発を効率的に推進するため、次の15のリサーチプロジェクト(RP)を設けています。

これらのリサーチプロジェクトがどんな目的でどのような研究を実施しているかを、各リサーチプロジェクトの研究者が、わかりやすく紹介する記事を数回に分けて連載します。

今回は、その1回目として、有機化学物質リスク評価RPを、リーダーが紹介します。

有機化学物質リスク評価リサーチプロジェクト

農業環境中には、農薬などの農業用資材の施用や大気降下物からの混入などによって、さまざまな有機化学物質が入ってきます。これらの化学物質は土壌に残留したり、大気あるいは水系を通じて農耕地の外に移行・拡散するため、作物および農耕地外の生態系に対する影響が指摘されています。有機化学物質リスク評価RPでは、これらの有機化学物質による環境へのリスクの低減をめざして、次のような研究を行っています。

(1) リスク評価手法の開発

有機化学物質による作物や生態系へのリスクを評価するためには、その物質が環境中にどのくらいのレベルで存在しているのか(暴露量評価)、それが生態系に影響を及ぼしうるレベルにあるのか(生物影響評価)の、両面から検討する必要があります。そこで、暴露量評価と生物影響評価を組み合わせて、農薬など有機化学物質の環境リスクを評価する手法を開発します。

a. 暴露量評価

水田で使用した農薬のうちのどのくらいが流域に流出し、流域水中の農薬濃度がどのくらいのレベルになるかを予測するモデルを作成します。また、地球規模でその汚染が拡散している有機化学物質については、土壌、大気、水、植生など、さまざまな場への移動と残留を予測するモデルを開発します。これらのモデルを活用することにより、有機化学物質がどこに、どのくらいの期間、どのくらいのレベルで存在するのかを予測することが可能になります。

b. 生物影響評価

農薬の生物影響については国際標準の指標生物が定められていますが、水田を主体とする日本においては指定された指標生物の適用が難しい場合があります。そこで、水生昆虫および藻類などの水生生物の中から新たな指標生物を選定し、その生育に対するさまざまな農薬の影響についてデータを集積することにより、日本および東アジアの生態系に適した生物影響評価手法を開発します。これにより、どの物質がどのくらいのレベルで存在すると生態系に大きな影響を及ぼすのかを判断することが可能になります。

(2) リスク低減技術の開発

有機化学物質の中には、分解が遅いため農耕地土壌中に長期間残留し、作物や地下水質に対する汚染源となっているものがあります。このような汚染は比較的低濃度で広範囲に及んでいるケースが多く、土木的あるいは工業的な処理方法を用いることがコストの面から一般に困難です。そこで、微生物による分解や植物による吸収・除去を利用した生物的な手法、吸着資材などを用いた化学的な手法によって、汚染の現場で環境を修復する技術を開発します。

(3) 測定手法の開発

環境中での化学物質の動態を明らかにする上で、モニタリングデータを集積することは重要です。有機化学物質の中には極微量でも毒性を示すものがあるため、高精度な検出技術が必要です。また、環境中には多種多様な有機化学物質が混在している上、さまざまに代謝され、その中間産物において毒性が高まるケースも多いことから、数多くの成分を効率よく検出することが求められます。そこで、大気、水、土壌、作物などからの有機化学物質の抽出・分離精製および検出法を向上させた高精度・簡易な測定技術を開発します。

有機化学物質リスク評価RPリーダー 大谷 卓
有機化学物質研究領域 主任研究員)

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