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情報:農業と環境 No.80 (2006.12)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: ブドウ灰色かび病菌の生物防除

Biosuppression of Botrytis cinerea in grapes.
P. A. G. Elmer and T. Reglinski
Plant Pathology 55: 155-177 (2006)

貴腐ワインの生産には、ボトリチス・シネレア (Botrytis cinerea) というカビの一種が繁殖したブドウの実が使用される。このカビは、ブドウその他の果樹、野菜、マメ類、花など多くの作物に灰色かび病を引き起こす重要な病原菌としても知られている。灰色かび病の防除はこれまで化学農薬(合成殺菌剤)に大きく頼ってきたが、殺菌剤に対して耐性を持つ菌が容易に出現するため、使用した農薬が次々に効かなくなるという問題がある。また、近年は、化学物質による人の健康や環境への影響がさかんに議論されるようになり、合成殺菌剤に頼らない防除技術の開発が進められている。

ここで紹介する総説論文では、合成殺菌剤に代わって、植物の防御反応を強めたり、病原菌の伝染を妨げたりすることによって、灰色かび病菌を抑制するための研究について述べている。

灰色かび病菌の拮抗微生物(病原菌の生育を阻害する働きを持つ微生物)が、実験室で多く見つかっているが、圃場 (ほじょう) で発病抑制の効果が高く、実際に商品化されたものは限られている。トリコデルマ・ハルジアナム (Trichoderma harzianum) やトリコデルマ・アトロビリデ (T. atroviride)、ウロクラディウム・オウデマンシ (Ulocladium oudemansii) のようなカビ類を有効成分とする生物製剤のほか、バチルス (Bacillus) 属の細菌類が利用されている。バチルス・ズブチリス (B. subtilis) は、日本ではおなじみの納豆菌の仲間である(日本では現在5つの B. subtilis 剤が生物農薬として登録され、灰色かび病やうどんこ病の防除に利用されている)。ニュージーランドでは、U. oudemansii の系統がブドウ灰色かび病を対象に登録されている。拮抗微生物が灰色かび病菌を抑制するメカニズムとしては、競合 (すみかや栄養分の奪い合い)、抗生物質の生産、寄生、植物の抵抗性増強などが知られている。

灰色かび病に対するブドウの抵抗性の機構に関連してよく研究されている物質に、ファイトアレキシン (病原菌の感染を受けた植物が生産する低分子の抗菌性物質) の一つであるレスベラトロールがある。また、ブドウの葉や果実では、灰色かび病菌が分泌するポリガラクツロナーゼ (植物細胞壁のペクチンを分解して、病原菌が侵入しやすくする酵素) の作用を阻害する PGIP (polygalacturonase inhibitor protein) とよばれるたんぱく質が、この病原菌の封じ込めに働いていると考えられている。

灰色かび病に対するブドウの防御反応を活発に促す物質として、ベンゾチアジアゾール系化合物のアシベンゾラルSメチル (ASM) や、ジャスモン酸、非たんぱく性アミノ酸β-アミノ酪酸 (BABA) などが知られている。またキトサンや、褐藻類由来のβ-1,3グルカンからなるラミナリンのほか、オオイタドリの葉から得られた抽出物の効果も知られている。海藻抽出物と塩化アルミニウムを含む資材は、ブドウの葉におけるレスベラトロールの蓄積を増大させる。

微生物殺菌剤による生物防除は、合成殺菌剤と比較すると防除効果が劣ったり、対象病害の範囲が狭かったり、あるいは効果が安定しないことが多い。そこで、圃場での防除効果を向上させるため、製剤方法の検討や抵抗性誘導資材と併用する試験が行われている。オオイタドリの抽出物を拮抗細菌であるブレビバチルス・ブレビス (Brevibacillus brevis) と混合すると、ブドウの灰色かび病だけでなく、うどんこ病やべと病の防除にも有効であった。また、複数の生物防除資材を混合することで効果を高め、対象病害の範囲を拡大することもできる。時には生物防除資材を通常の殺菌剤と混ぜて使うことも可能である。

この総説論文は、生物防除や抵抗性誘導を中心に、灰色かび病以外も含め、多数の事例を豊富な文献とともに紹介しているので、この分野の研究開発に関心のある方は一読されることをおすすめする。

なお、農業環境技術研究所では、合成殺菌剤を中心とする病害防除に代わる新たな技術としての抵抗性誘導剤の可能性に早くから着目し、抵抗性誘導のしくみや利用法、葉面糸状菌への影響などについて研究を進めている。また、発病抑制効果を示す植物抽出物の探索や有効成分の特定、分子レベルでの作用機構などに関して、他機関と共同で研究を行っている。日本における病害防除への抵抗性誘導の利用と研究の展望については、農業環境技術研究所が開催した、平成16年度革新的農業技術習得研修「農業生態系の保全に配慮した農業技術」 の講義テキスト 「作物の誘導抵抗性を利用した病害防除」 (PDFファイル)を参照いただきたい。

(生物生態機能研究領域 石井 英夫)

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