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情報:農業と環境 No.81 (2007.1)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(13) 炭素・窒素収支広域評価RP

農業環境技術研究所は、中期目標期間 (平成18−22年度) における研究・技術開発を効率的に推進するため、15のリサーチプロジェクト(RP)を設けています (詳細は、情報:農業と環境 No.77農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(1) を参照してください)。

ここでは、炭素・窒素収支広域評価リサーチプロジェクトについて、プロジェクトリーダーが紹介します。

炭素・窒素収支広域評価リサーチプロジェクト

土壌中には有機物として大気中の約2倍の炭素が蓄積されています。農業などによる土地利用の変化は、土壌に蓄積されていた有機物の分解を促進し、大気中二酸化炭素濃度の上昇の一因であると考えられています。しかし農地の適正な管理や有機資材の施用によって二酸化炭素の放出を抑制し、土壌炭素量を増加させ得ることが示されています。一方、有機物の過剰な施用は、窒素流出など環境へ悪影響を与えることが指摘されており、また、作物増産のための窒素肥料の過剰な投入も、地下水汚染や湖沼・沿岸域の富栄養化の原因となります。わが国でも硝酸イオン濃度が環境基準を超える地下水が広く分布し、中国東部などでは深刻な水質汚染が報告されています。さらに、農業から発生するアンモニアは森林などの自然生態系の酸性化や物質循環にも影響を及ぼします。

炭素・窒素収支広域評価RPでは、炭素と窒素の循環を広域的に推定するモデル (図1) を作成して、東アジアの人口増加や経済発展にともなう食料需要の増大、温暖化による気候変動などのシナリオのもとで、作物の生産・消費と環境との関わりを、炭素と窒素のフローに基づいて明らかにすることをめざしています。

炭素・窒素循環モデルのスキーム (図)

図1 炭素・窒素循環モデルのスキーム

土壌への炭素の蓄積に関して、これまで、既存のモデル (ロザムステッドモデル: RothC ) を改良することにより、肥料や有機物の施用のさまざまなケースについて、おおむね実測値を再現する結果を得ました。この改良モデルを使用して、わが国の畑土壌の有機炭素蓄積量の分布を試算しました (図2)。今後は、土壌環境基礎調査などによる全国規模の土壌の実測データに基づいたモデルの検証と改良、作物モデルと土壌モデルの統合、土壌有機物分解モデルへの窒素無機化過程の導入などを行い、作物生産に関わる炭素と窒素の循環と環境への負荷を推定します。また、有機物分解速度の温度依存性などに関する、より妥当なパラメータを得るため、土壌加熱実験も進めています。

改良RothCモデルによる土壌の有機炭素(SOC)蓄積の推定 (グラフとマップ)

図2 改良RothCモデルによる土壌の有機炭素(SOC)蓄積の推定

また、窒素の環境影響に関して、これまで、東アジアを対象にFAOや各国の統計データに基づいて、食料生産・消費にともなう窒素の負荷と地下水、河川水の窒素濃度を推定し、また農業起源のアンモニア発生量を見積もりました。その結果、地下水や河川水の窒素濃度は1980年以降に急激に増大し、現在、黄河、揚子江下流域の畑作地帯でとくに高濃度であること (図3)、アンモニア発生量も増大し、化石燃料由来の窒素酸化物の約2倍であることなどが推定されました。今後は、各地の水質やアンモニアの発生量、沈着量などの測定データに基づいてモデルの精度向上を図るとともに、将来の人口や食生活の変化、バイオマスエネルギーのための作物生産などによる窒素循環の変化を予測する予定です。

窒素循環モデルに基づいた1980年と2000年の地下水窒素濃度分布 (mg N L-1) (マップ)

図3 窒素循環モデルに基づいた1980年と2000年の地下水窒素濃度分布 (mg N L-1)

炭素・窒素収支広域評価RPリーダー 新藤 純子
物質循環研究領域 上席研究員)

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