Bayesian Estimation of Species Richness from Quadrat Sampling Data in the Presence of Prior Information.
J. A. Dupuis and J. Joachim
Biometrics, 62: 706-712 (2006).
農業環境技術研究所では、生物多様性の評価と保全に関する研究を実施している。また、生物多様性を定量的に評価するための統計的手法の開発にも取り組んでいる。今回は、種の豊富さ (Species Richness) の統計的推定法に関する論文を紹介する。
ある領域 R に生息する種の数 S (種の豊富さ、Species Richness) は、生物多様性の重要な評価指標のひとつである。領域全体を悉皆 (しっかい) 調査することは困難であるため、通常はコドラート調査データ (quadrat sampling data) に基づいて S を推定する。すなわち、領域全体を J 個のコドラート (quadrat、区画) に分け、その一部分である τ (タウ) 個のコドラートについて (τ < J )、対象となる種 s が存在するかどうかをサンプリング調査する。このとき、次のような理由により、実際に領域 R に存在する種を見のがす可能性がある。
したがって、コドラート調査で発見された種だけに基づいて種数 S を推定すると、その推定値は本来の種数を過少評価することになる (偏りをもつ推定となる)。従来、この偏りを除く推定法としてジャックナイフ法による推定が行われていた (下記の注を参照)。ジャックナイフ法による推定では、与えられた標本データのみを利用している。一方、生態学研究 (たとえば鳥類研究など) では、
まず、対象とする種 s について、領域 R での存在可能性、空間分布、コドラート調査法、に関する事前情報を表現する確率的なモデルが設定されている。ベイズ推定法 (Bayesian estimation) は、このような事前的な確率分布と、実際の観測データとに基づいて、事後的に未知パラメータ (ここでは、種数 S ) を推定する方法である。この論文では、このベイズ推定の数式表現が与えられている。
次に、推定精度に関して、従来法 (ジャックナイフ法) との比較がシミュレーションにより行われている。多くの場合、従来法よりも推定精度が向上する。とくに、空間分布が疎で、なおかつ発見確率の低い種が存在する場合、ベイズ法を用いることによって、大幅に精度が向上することが示されている。
最後に、実際の調査データへの適用例として、フランス Toulouse 地方の Montech 森における鳥類の調査データを用いて、計算手順が説明されている。
注: ジャックナイフ法
ジャックナイフ法とは、標本データから得られた推定量が偏りをもつとき、標本データから再抽出を繰り返すことによって偏りを小さくする推定法である。いろいろな統計的推定の問題に汎用的に使えることから、“ジャックナイフ法”の名前が付けられた。ジャックナイフ法を種の豊富さの推定に適用した例としては、たとえば次の論文がある。
Heltshe, J. F. and Forrester, N. E. (1983). Estimating species richness using the jackknife procedure, Biometrics, 39, 1-12.
(生態系計測研究領域 三輪 哲久)