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情報:農業と環境 No.81 (2007.1)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 218: レスター・ブラウン プランB2.0 ―エコ・エコノミーをめざして、 レスター・ブラウン 著、 寺島実郎 監訳、 ワールドウオッチジャパン (2006) ISBN4-948754-24-2

本書の著者レスター・ブラウンは、食糧、エネルギー、環境など地球規模で発生している問題点を鋭く指摘し、ただちに実施すべきことは何かを提示してきた。これまで、地球環境問題に取り組むワールドウオッチ研究所、アースポリシー研究所を創設するとともに、「エコ・エコノミー」、「プランB」、「フードセキュリティー」などを発刊して環境問題に警鐘を鳴らし続けている。「エコ・エコノミー」で「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部である」と、環境的に持続可能な経済の必要性を述べ、そして「プランB」では世界経済の発展には、地球の自然資源を崩壊・消耗する前に経済を再構築することが緊急課題であると訴えている。地球環境の限界を超えた経済活動は、結果的に経済を後退させることにつながるものであり、新たな取組みを示している。なお、「プランB」については、「情報:農業と環境 No.50」の「本の紹介 140: プランB エコ・エコノミーをめざして」で紹介した。本書は、2003年の「プランB」を増補改訂したものである。

エコ・エコノミーで提案した「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部」とする概念がまだ十分には理解されていないこと、そのため構想をより説得力のあるものとし、また、実現に向けた道筋を示す必要性があることから、「プランB2.0」では、新たな資料や章が追加された。さらに「プランB」への熱烈な反響にこたえることも重要な視点としている。本書の発表理由は「はじめに」で示されており、その項目に沿って第1章以降の内容を紹介する。

「(1)欧米の経済モデルを中国で展開しても、持続的な発展は不可能であることを示す、新たな確たる根拠がある」
穀物、食肉、石油、石炭、鉄鋼の世界主要産品のうち石油以外の消費量は、現在でも中国がアメリカを超えている。中国の国民総所得、消費量が今後さらに増大すれば、それを達成するための資源は地球にない。これまでの「化石燃料に依存した使い捨て」という欧米型の経済モデルは中国に通用せず、先進国でも成立しない。

「(2)石油供給の減少にともない、注目すべき新しい難題が浮上している」
石油生産はピークに達していると予測される。石油に代わって輸送に必要なバイオ燃料が重要になり、燃料作物(小麦、トウモロコシ、大豆、サトウキビなど)と食料作物との栽培で競争関係が生まれ、経済活動も大きく変化するであろう。石油価格の上昇が食料の生産コストに影響を及ぼし、さらに、燃料作物栽培のための開墾(かいこん)、伐採は動植物の多様性への脅威であり、生態系のかく乱を招くことが懸念される。

「(3)経済を支える自然のシステムが破壊されつづけると貧困の解消は不可能なので、「プランB」の貧困解消予算に、地球環境の修復予算を追加した」
経済を支える耕地、放牧草地、森林、漁場など環境システムが崩壊すれば、そこで生計を立てる人々の貧困は解消されない。森林の保護と修復(植林など:6億ドル)、耕地土壌の保全と回復(不耕起栽培、最小耕転法など:24億ドル)、地下水位の安定(10億ドル)、漁業資源の再生(海洋保護区ネットワーク構築など:13億ドル)、動植物の多様性の保護(自然公園・ホットスポット:31億ドル)、放牧草地の修復(9億ドル)と、地球環境を修復するには年間総額930億ドルの追加予算が必要である。環境劣化が経済の衰退にまで到達しないよう国際的な取組みを緊要としている。

「(4)過去数年間の技術の進歩により、私たちの未来を脅かす環境悪化の傾向を逆転させる、心躍るような新しい可能性が生まれている」
温暖化防止に向けて化石燃料から風力発電への移行など新たなエネルギー獲得のための技術開発が進行している。日常生活でもエネルギーの利用効率を高めることが求められ、新技術によるハイブリッドカーへのシフト、省エネ型の家庭電化製品、太陽光を利用した熱温水器などが効果的である。太陽光、地熱エネルギー資源などの活用も有望であり、気候や地下資源など各国でそれぞれの条件にもっとも適ったエネルギー計画を立てることが望まれる。

世界経済は生態学の法則を尊重した環境革命を避けることはできない。エコ・エコノミーの構築に参加する企業こそが大きな利益を生み勝者になる。経済再構築の必要性を認識し、個人個人の立場からの役割を果たすことが環境問題を解決する。著者は「人々の懸念の高まりが政策決定プロセスを正しい方向に導き始め・・・、経済の進歩が維持されるような方法で人間と環境との関係が築かれるようになるだろう」と期待している。

目次

はじめに

本書を読まれる方へ

第1章 21世紀の世界は「余剰」から「不足」の時代へ

自然の限界を超えつつある人類 / 2031年の中国——人口14億5000万、一人あたり国民所得4万ドル / シュメール文明、マヤ文明、イースター島のアキレス腱 / 中国13億人の胃袋から、「不足の政治」の時代が幕を開ける / 社会的・環境的コストを反映する市場システムに / 汚染と破壊と紛争の世界から、「プランB」で希望の世界へ

第 I 部 「世界は今後どうなってしまうのだろうか」
不安をもたらす現状

第2章 ピークオイルに続く石油減産の時代

世界の大手石油会社が自社株を買い増した理由 / 石油に依存している今日の農業と食料 / 小麦と石油の交換比率にみるアメリカとサウジアラビアの貿易勘定 / 高騰する石油価格が農産物価格を下支えする / 石油価格の高騰がクルマ依存のアメリカの郊外住宅の住民を直撃か / 真のリーダーシップとは、ピークオイル問題で発揮される

第3章 水不足が世界の至るところで深刻化する

アメリカでも、中国でもインドでも、世界で地下水がかれていく / 黄河断流など過大な取水でやせ細る河川の流れ / 河川の取水と地下水の汲み上げ過ぎで、消滅していく湖 / 水不足の時代に、さらに農業用水を吸い上げる都市 / 国境を越える「ヴァーチャル・ウォーター」 / 持続不可能な食料生産が支えている「増産幻想」

第4章 近年の急激な気温上昇がもたらしている異変

観測史上、もっともホットな近年 / 農作物の収量にまで影響しはじめた温度上昇 / 地球の貯水池である「天空」への攪乱作用 / 氷山や南極の氷が溶けて海面が上昇 / 温暖化でより頻繁に、より強大になる暴風雨 / 結果的には、気候変動を促進するような補助金政策

第5章 人間の飽くなき欲求に圧倒される自然のシステム

依然として減少する森林とその代償 / 水と風で失われる、文明の母なる土壌 / 放牧頭数が余りにも多くて、草地までが砂漠化してゆく / 世界のキャッチフレーズにすぎない?「砂漠化防止」 / 「今日の漁獲」を追い求めて「明日の漁業資源」が激減 / ヒトの数が増えるにつれ、この地球を共有する動植物種が減る

第6章 衰退の様々な初期徴候

「明」と「暗」に分断された世界 / エイズ、マラリア、化学物質など、健康への脅威が増える / ゴミを他の自治体に押しつける生活は文化的だろうか / 水と農地をめぐる、生きるための争い / 増える環境難民——砂漠化、温暖化、そして貧困 / 破綻国家とテロリズム

第 II 部 破滅を回避する選択「プランB」の取り組み

第7章 貧困を解消し、人口を安定させる

地球規模で、すべての子どもに基礎教育を / 先進国の66億ドルで、世界人口を安定させる / 地球上のすべての人々の健康を増進する / エイズの予防を強化する / 先進国の農業補助金を削減し、途上国の債務を減免する / 途上国の貧困を解消するのには、いくら必要なのか?

第8章 病んだブループラネットを修復する

森林の保護と修復——再生紙・植林・人口安定化 / 土壌の保全と回復——不耕起栽培・最小耕転法・万里の人工林 / 自然のシステムへ水を返す——生態系のための放水 / 漁業資源の再生——海洋保護区ネットワーク構築・漁業補助金撤廃 / 動植物の多様性を保護する——自然公園・ホットスポット / 地球環境の修復には、いくら必要なのか?

第9章 70億人のフード・セキュリティー

二毛作や二期作で土地の生産力を生かす / 住民参加型水管理や水価格の見直しで、水の生産性を高める / 大豆ミールがタンパク質の生産効率を高める / 飼料穀物や餌を使わないで、タンパク質を生産する / 肉の多いアメリカンより、魚もあるイタリアンへ / 総合政策があってこそ、フード・セキュリティーが実現する

第10章 温暖化防止に、まず先進国が総力で取り組む

日常生活の中でも、エネルギーの利用効率を高める / 無限の風力エネルギーを発電に活用する / 石油消費大国アメリカへの提案:「ハイブリッドカー」プラス「風力発電」 / 太陽光と太陽熱をエネルギー資源として活用する / 地熱をエネルギー資源として活用する / エネルギーのローカライゼーションで、炭素排出量を速やかに削減する

第11章 持続可能でウェルビーイングな都市を設計する

現代の大都市は心身にも、環境にもストレスをもたらしている / 都市交通の基本は地下鉄・バス・路面電車、そして自転車と徒歩 / 都市に菜園を——心に安らぎを、そして新鮮で安全な野菜も / 上下水道も節水し、水洗システムの見直しも / 都市のスラムを社会「悪」として閉じ込めない / クルマのためではなく、人間が気持ちよく歩ける都市に

第V部 エコ・エコノミーへの選択

第12章 エコ・エコノミーを構築する

リアルコストを市場に反映させるために、所得税から環境税へシフトする / 環境負荷の観点から、補助金を全面的に見直す / エコラベル制度——消費者が環境革命に参加する / 新しいマテリアル経済を設計する / エコ・エコノミー時代の新産業が、新たな仕事を創出する /環境革命——エコ・エコノミーへの大転換

第13章 新しい未来を築いていくために手を携えよう

目覚まし時計の鳴る音を聞き逃さない / 「プランB」に戦時体制で世界が取り組む / 文明を救うために結集する / 地球上の誰もが、希望を見いだせる世界に / あなたと私

図表の出所

監訳者あとがき

レスター・ブラウンのこと

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