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情報:農業と環境 No.86 (2007.6)
独立行政法人農業環境技術研究所

農業環境技術研究所リサーチプロジェクト(RP)の紹介(16) 化学分析・モニタリングRP

農業環境技術研究所は、研究・技術開発の業務を効率的に推進するため、現在16のリサーチプロジェクト(RP)を設けています

ここでは、平成19年4月に新設された化学分析・モニタリングリサーチプロジェクトについて、プロジェクトリーダーが紹介します。

化学分析・モニタリングリサーチプロジェクト

農業環境には、残留性有機汚染物質(POPs)や重金属、さらに放射性物質など有害なものが微量に含まれている可能性があります。これらの物質は、ある時は大気や雨、ある時は農業用水、ある時は農業資材、場合によっては土壌の母材から農業環境に取り込まれ、また形態もさまざまです。国民が安心して農作物を利用するためには、それらの有害物質を精度良く測ったり、迅速・容易に分析したりすることが必要です。さらに、環境の異変を早期に知り、適切な対応を行うには、日ごろからモニタリングデータを取っていなければなりません。化学分析・モニタリングRPでは、これらの分析法を開発し、モニタリングにも活用することを目的に研究を行っています。放射能については、農作物・土壌の長期モニタリングを行ってきています。

化学分析・モニタリングRPにおける研究の内容を以下に紹介します。

(1) 農業環境中の微量物質の分析法を開発します

1) 有機ヒ素化合物など微量化学物質の定量法を確立します

ヒ素は毒性が強い元素であるため、環境中での挙動が注目されてきました。しかし、近年茨城県神栖(かみす)市で検出されて問題となった有機ヒ素については、環境中で化学形態が変化することが明らかになりつつありますが、変化した成分の分析法は確立していません。有機ヒ素は、ヨーロッパや中国など、化学兵器が過去に遺棄された地域において、今後大きな問題となることも考えられます。国際的に見ても有機ヒ素の分析法の確立は重要な課題といえます。

無機ヒ素および有機ヒ素の同時定量(分析装置の出力グラフと化学式)

図1 無機ヒ素および有機ヒ素の同時定量

図1は、逆相クロマトグラフィーとICP質量分析装置を用いることにより、水溶性の無機ヒ素から疎水性の高い有機ヒ素まで一度に定量できるようになったことを示しています。土壌培養実験では、さらなる未知有機ヒ素化合物が見いだされますが、これらについて構造情報や化学的性質を解明するための研究を進めています。

2) カドミウムなど重金属を迅速に分析する方法を開発します

近年、米など食品中のカドミウム濃度の国際基準値が設定されましたが、汚染された農産物の流通を防止するには、迅速・簡易にカドミウム濃度を知る必要があります。現状では、酸分解・有機溶媒抽出など煩雑な操作と、ICP発光分析装置や原子吸光分析装置など高額な機器が必要で、時間と費用がかかります。そこで、定性分析用キットとして関西電力(株)などで開発されたカドミウム検出用イムノクロマトキットを用いて、精密な分析機器を持たない機関でも利用できる、現場用の簡易定量法の開発を行っています。

米用イムノクロマトキットによるカドミウム検出手順(図)

図2 米用イムノクロマトキットによるカドミウム検出手順

開発した分析法を図2に示します。微粉砕した玄米からカドミウムを抽出した後、妨害物質除去カラムで精製し、イムノクロマトアッセイを行うことで、玄米中のカドミウム濃度を大まかに知ることができます。この手法は、イネ茎葉、土壌にも適用できることがわかってきました。今後は野菜など、ほかの作物やカドミウム以外の重金属への適用性についても研究を進める予定です。

また小さな事業所でも設置可能な小型の電気化学的分析装置(アノーディックストリッピングボルタンメトリー)を用いて、玄米や茎葉中のカドミウム濃度を、専門家でなくても迅速・簡易に測定できる手法の開発も行っています。

(2) 作物・土壌中の放射能レベルのモニタリングを行います

農業環境技術研究所では、全国各地の試験研究機関で栽培された米および麦に含まれる人工放射性核種の分析を、これまで40年以上にわたって続けてきました。

大気圏内核実験の最盛期であった1960年代前半には、白米や玄麦から比較的高濃度の放射性セシウム(137Cs)および放射性ストロンチウム(90Sr)が検出されました。以後、水準は低下していますが、現在でも検出されています。これは、過去に降下した137Csおよび90Srが土壌中に残留しており、わずかながら土壌から作物への吸収移行があるためと考えられます。 1986年には玄麦中137Cs濃度が一時的に増大しました。これは旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故の影響です。この事故に由来する降下物には、137Csが多く含まれ90Srは少なかったことが判明しています。また降下の時期は麦の子実形成時期と一致し、付着した137Csが子実に取り込まれやすい状況にあったとみられます。

白米・玄麦中の137Csおよび90Sr濃度の推移(グラフ)

図3 米・麦の放射能長期モニタリング

現在の放射能レベルは1960年代当時に比べて、格段に低くなりましたが、原子炉等の核関連施設は近隣国も含め圧倒的に増えており、放射能面からの食の安全に対する国民の関心は続いています。長半減期の放射性ヨウ素(129I )は、核燃料再処理工場から微量に放出される可能性があることから、近年注目度が上がってきた核種の一つです。129I のモニタリング用分析は、従来、原子炉や加速器などを用いて行われてきました。化学分析・モニタリングRPでは、これらの大規模な施設を用いることなく、ICP質量分析装置の感度を大幅に向上させて、129I のモニタリング用分析を行う方法を開発しています。

またモニタリングデータの示す意味を正しく解釈し、対策に活かすには、放射性物質がどのように環境中を動くかを明らかにしておかなければなりません。化学分析・モニタリングRPでは、原子炉事故等の緊急時に備えて環境放射能のバックグラウンド調査を行いながら、137Cs、90Srや129I 等の動態に関する研究も行っています。

化学分析・モニタリングRPリーダー 木方 展治
土壌環境研究領域 上席研究員)

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