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情報:農業と環境 No.88 (2007.8)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 統計的ダウンスケーリング手法により構築された気候シナリオを用いるためのガイドライン

Guidelines for Use of Climate Scenarios Developed from Statistical Downscaling Methods.
RL Wilby et al. (Aug. 2004)
( http://www.ipcc-data.org/guidelines/dgm_no2_v1_09_2004.pdf )

農業環境技術研究所の重要な研究目標の1つは、温暖化など地球環境の変動と農業生態系との相互作用を解明し、その管理技術を開発することである。重要研究課題を推進するため研究所内に設置されたリサーチプロジェクト(RP)の1つである 作物生産変動要因RP では、地球温暖化が水田生態系に及ぼす複合的な影響の解析、日本や東アジアにおける将来のコメ収量の変動予測などの研究を進めている。

地球温暖化のおもな原因は、人間活動によって大気中に排出された二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素などの温室効果ガスであると考えられ、大規模コンピュータを用いた全球気候モデル (General Circulation Model:GCM、大循環モデル) にさまざまな要因を与えて、将来の気候変動・温暖化が予測されている。

しかし、GCMによる予測結果の空間解像度は100kmスケールであり、農業生産の研究者がコメ生産の予測を行うときに必要な数kmの局所スケールの空間解像度との間には大きなギャップがあった。この空間的なギャップを埋めるために、ダウンスケーリング(空間の細分化、高解像度化)の研究が行われている。

ダウンスケールの手法としては、対象地域を限定することによって高い解像度での計算を行う地域気候モデル (Regional Climate Model:RCM) と、気候モデルで出力された大気循環要素を用いて、局地スケールの気温や日射量、あるいは地域的差異の大きい降水量などを予測する統計的ダウンスケーリングとがある。

ここで紹介する文書は、世界の温暖化研究を統括する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のために作成されたものである。温暖化の科学的知見を担当するIPCC第1作業部会で得られた知見を、温暖化への影響や適応、緩和策などを担当する他の部会が正確かつ迅速に利用するための技術文書の1つとして、統計的ダウンスケーリングの手法や留意点がまとめられている。

この文書は、政府レビューを経たIPCC公式文書ではないが、IPCCデータ配信センター(IPCC-DDC)のホームページに掲載され、いわば準公式的な文書として扱われている。内容はレビュー論文であり、次のような構成となっている。

目次と概略

1. はじめに

2. 統計的ダウンスケーリング手法の概要

2.1 天気図型分類法

GCMの出力から日々の天気図に見られるような気圧配置を分類したり、現実の気圧場と類似した空間パターンを抽出したりして、局所的な気温・降水量などと対応付けることにより、温暖化時の気圧配置の変化から、気温や降水量の変化を推定する手法である。

2.2 回帰モデル

GCMで出力された循環要素などの説明変数と、気温などの局所的スケールの被予測変数との間で正準相関解析や重回帰分析などを行い、その統計的関係を将来の循環要素の変化にあてはめて予測を行う手法である。

2.3 ウェザー・ジェネレーター

局所的な気候要素について、観測される一連の事象ではなく、統計的な特性(平均や分散)を推定するモデルである。時間降水量などでは、ゼロ値が多い一方で100mm以上の値もあるなど正規分布が仮定できないため、この手法が適用されることがある。

2.4 重要な仮定

説明変数となる循環要素がGCMでよく再現されること、被予測変数との統計的関係が将来も持続することなどが重要な前提条件である。

2.5 比較研究

異なる統計的手法の間、または統計的手法とRCMとの結果の相互比較が推奨され、その実例が述べられている。

2.6 統計的ダウンスケーリングにおける論点

統計手法の選びかた、計算に使用する説明変数の選びかた、また異常高低温や集中豪雨といった極端な現象の取扱い、熱帯地域に適用する際の留意点などが述べられている。

3. ガイドライン

3.1 予測のための手法を選択する際の論点

3.2 統計的ダウンスケーリングの適切な利用に関する技術指針

4. ケース・スタディ

5. まとめと提案

気候シナリオを作成するために統計的ダウンスケーリング手法を用いる際のガイダンスがまとめられている。

(1) 温暖化影響評価研究の目的を慎重に検討すること

(2) 統計的ダウンスケーリング手法の一般的な長所と短所を知ること

(3) 統計的ダウンスケーリング手法の各グループに特有の長所と短所を知ること

(4) ダウンスケールによる予測の精度は、季節によって、あるいは説明変数の広がりや位置、観測の期間によって変動することを認識すること

(5) 統計式の作成に使用しなかった独立データを使ってモデルを検証し、可能であればRCMによるダウンスケール結果との比較を行うこと

(6) より高い解像度のシナリオを使用して得られた数値や新しい知見を常に評価しなおすこと

統計的ダウンスケーリング手法は、もともと欧州で発展してきた。欧州が温暖化対策に力を入れ、温暖化によるさまざまな影響を精力的に解明しようとしていることに加え、地形が複雑で国土面積の小さい国が多いことがその理由と考えられる。一方、日本では100kmから20km程度に細分できる超高解像度GCMの構築に取り組んできており、気候モデルで予測されたデータをどのようにして利用するかについてはあまり注目されてこなかった。

たとえば、気象庁は温暖化影響・リスク評価研究のための温暖化予測データを、気候統一シナリオとして提出しているが、農業生産の研究に不可欠な日射量の情報は含まれていなかった。この事例は、気候モデルと影響評価研究との解像度のギャップとともに、研究分野間の認識にもギャップがあることを示している。さらに、影響評価において要求される時間・空間解像度や出力要素、およびその予測精度は、研究分野によってさまざまである。そのため、大規模な計算機資源を用いても計算に長い時間のかかるGCMでは、個別の要求には応じきれない。したがって、影響評価研究におけるさまざまなニーズに対応するためのダウンスケールリング手法は、日本の温暖化研究の進展のために欠かせないツールと考えられる。

本年度(平成19年度)より、東京大学の住明正教授を研究代表者として、環境省地球環境研究総合推進費の戦略プロジェクト研究 「地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究」 が始まった。このプロジェクト研究のテーマの1つ 「温暖化影響評価のためのマルチモデルアンサンブルとダウンスケーリングの研究」 の中で、筆者は 「力学的手法と統計的手法を併用した農作物影響評価のためのダウンスケーリングの研究」 を担当している。この課題では、IPCCのガイドラインを大いに参照して、科学的に信頼性の高い温暖化影響評価を行うための地域的な気候変動シナリオを提出することをめざしている。

(大気環境研究領域 西森基貴

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