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情報:農業と環境 No.90 (2007.10)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: イネは有機ヒ素汚染土壌からヒ素を吸収するか?

Arsenic uptake and accumulation in rice (Oryza sativa L.) at different growth stages following soil incorporation of roxarsone and arsanilic acid
Wang F-M. et al., Plant and Soil, 285, 359-367 (2006)

2003年に茨城県神栖町 (現、神栖市) で有機ヒ素化合物による地域住民への健康被害が確認され、2004年には農業用井戸水や収穫された米からジフェニルアルシン酸やメチルフェニルアルシン酸と呼ばれる有機ヒ素化合物が検出された。これらの有機ヒ素化合物は、その構造式中に芳香環を持っており、自然界に存在している有機ヒ素化合物と明らかに異なる。これら芳香環を持つ有機ヒ素化合物の人への毒性、環境中での動態、農作物への吸収・集積、食物連鎖を通じた生態影響などについては、これまで研究例がほとんどなく、現在、関係機関で研究が進められているところである。

ここで紹介する論文は、芳香環を持つ有機ヒ素化合物であるロキサルソン (3−ニトロ−4−ヒドロキシフェニルアルソン酸) とアルサニル酸 (4−アミノフェニルアルソン酸) について、農耕地土壌における動態とイネ (水稲) による吸収に関する報告である。農環研ウェブサイト では、以前に 「有機ヒ素化合物ロキサルソンの環境中での動態」 に関する論文を紹介している (情報:農業と環境 No.71(2006.3)) が、今回は、ロキサルソンとともにアルサニル酸を土壌に添加して、イネを栽培した結果を紹介する。

ロキサルソンとアルサニル酸は、家禽 (かきん) 類の成長促進剤として世界中で広く利用されている。しかし、これらの有機ヒ素化合物の環境中における挙動、生態系や人の健康に及ぼす影響については、ほとんど知られていない。論文では、ロキサルソンとアルサニル酸を添加した汚染土壌を用いてイネを育て、これらの有機ヒ素化合物由来のヒ素がイネの生育に与える影響やイネの各部位におけるヒ素濃度を明らかにすると同時に、食物連鎖を通じてヒ素が人の体内に移行する可能性を評価している。

栽培試験には、ロキサルソンとアルサニル酸を土壌に6段階の濃度 (ヒ素濃度として0〜50 ppm ) で添加して調製した有機ヒ素汚染土壌を使用した。これらの土壌にイネ (インディカ米) を移植して、125日間、湛水 (たんすい) 条件下で栽培し、イネの生育段階ごとに植物体の各部位のヒ素濃度を測定した。

その結果、土壌へのロキサルソンとアルサニル酸の添加量が多いほど、イネの草丈、有効分けつ数、わら重、千粒重が減少する傾向が認められ、明らかにヒ素によるイネの生育障害が確認された。また、登熟期におけるイネの各部位のヒ素濃度は、根>葉>茎>モミ>玄米の順となった。玄米中のヒ素濃度の最高値は 0.82 ppm で、オーストラリア政府の国内規制値 1 ppm を超えるものは検出されなかったが、茎葉部ではヒ素濃度が 6 ppm に達するものも認められ、イネはロキサルソンとアルサニル酸によって汚染された土壌からヒ素を吸収していることが明らかになった。

著者らは、最後に、米国における研究を参考に、中国で家禽類に対して使用されているロキサルソンやアルサニル酸の量を年間2万トンと推定し、ヒ素含量をおよそ30%とすると、1年あたり約6千トンものヒ素が環境中に放出されていると試算している。そして、それらのすべてが厩肥 (きゅうひ) として農耕地に投入された場合には、食物連鎖を通じて人間への健康被害を生じかねないと警告している。

冒頭にも書いたように、このような芳香環を持つ有機ヒ素化合物に関する研究例は、国内外を含めて非常に少ないため、今後さらに幅広く情報を収集する必要がある。農業環境技術研究所の重金属リスク管理リサーチプロジェクトでは、ジフェニルアルシン酸関連有機ヒ素化合物に関する研究に取り組んでおり、その成果として 土壌及び作物中のフェニル置換ヒ素化合物の定量法 ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result23/result23_42.pdf ) を公表している。今後、土壌中での有機ヒ素化合物の化学形態の変化やイネ等の作物による吸収について解明を進めて行く予定である。

(土壌環境研究領域 前島勇治

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