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情報:農業と環境 No.90 (2007.10)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 241: 緑のイタリア史 −農村部における風景保護・イタリア環境法の息吹、 鶴見圭祐 著(2006)

ミラノ大学で水理学を教えている私の友人は、ポー川流域の一角で200 haの水田農業を営む経営者でもある。ポー川流域はイタリアの古くからの大稲作地帯であるが、ここに立って周囲の景色を眺めると、そこがイタリアであることを忘れるほどに、新潟の蒲原平野とよく似た景観が眼の前に広がる。そのためであろうか、私には、イタリアの農村景観といえば、丘の上に集落を擁き、その丘の傾面にブドウ畑が張りついたように広がる丘がいくつもいくつも折り重なるようにして眼前に連なるトスカーナ地方がすぐに思い出される。

本書は、イタリアの国土景観の保護について、通史的に制度を概観しつつ、今日の保護法制について、EUの制度との関連にも触れながら解説している。あわせて、農村景観を形作っている農業を史的に概観しつつ、農村景観の保護についても言及しているが、環境保全に重点を移しているので、この章に至るまでの論述の農村への展開を期待する読者には期待はずれであろう。

景観保護法制を通史的に概観をしていることもあって、「眺望美および歴史性ある不動産の美的概観」 を原初的概念とし、近年の 「領土の外的形態に関する自然的要素と人間的要素の複合体」 へと、保護の対象となる景観の概念が拡張される過程とともに、イタリアの景観保護制度を理解することができる。また、景観の保護を巡る近年の判例を紹介しているので、景観保護の現実を垣間見ることができ、制度の理解を助けている。

なお、本書では、英語での landscape、イタリア語での paesaggio に「風景」をあてている。本書のみならず、 「景観」 のかわりに 「風景」 を用いる動きが近年みられるが、「景観」 の用語法など学説史への無知がそうさせるならば、寂しいことではある。

目次

はしがき

 I 章  はじめに

 II章  イタリア風景保護法制の通史的概観

1. 戦前 (〜1930年代)

2. 戦後 (1940〜80年代)

3. 1990年代以降

III章  都市計画法制と風景計画

1. 都市計画法制の概観・史的展開

2. 風景計画のシステム

3. 風景計画・風景保護に関わる近年の判例の考察 (2000年〜2004年)

IV章  2004年新法とヨーロッパ風景条例

1. 2004年1月22日 委任立法42号 文化財・風景財法

2. ヨーロッパの風景条約について

3. 「風景」 の概念について

4. 赦免と事後認可

 V章  農村風景保護について

1. 農村風景の歴史、農地改革と農地環境の形成

2. 質的転換としての有機農業の展開、農業の多面的機能

3. 自然保護の制度的枠組み〜国立公園制度、自然保護区、ナチューラ2000

4. 国立公園における有機農業の試み

VI章  結び (総合的考察)

1. 日本の景観法と国立裁判

2. イタリアの風景保護法制の歴史・経験から学ぶもの

参考資料及び参考文献

あとがき

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