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情報:農業と環境 No.91 (2007.11)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 生体中のカドミウムと亜鉛を区別する蛍光センサー

Ratiometric and Highly Selective Fluorescent Sensor for Cadmium under Physiological pH Range:
A New Strategy to Discreminate Cadmium from Zinc
Chunliang Lu et al., Journal of Organic Chemistry, 72(9), 3554-3557 (2007)

カドミウムはよく知られているように発がん性のある有害な元素であり、ヒト体内における半減期は15年から20年と考えられている。ここで紹介する論文は、カドミウムの生体内での毒性メカニズムを明らかにする目的で設計・合成された新規な蛍光センサーに関する基礎的研究の報告である。蛍光センサーやその設計概念は、環境中や農産物中のカドミウムの簡易測定に発展・適用できる可能性があるため、紹介したい。

カドミウムを識別する蛍光センサーはほとんど報告例がなかった。あっても、生理的条件下では利用できなかったり、選択性が低かったりするため利便性に欠けていた。一番の問題は、カドミウムに比べて生体中でずっと高濃度で存在する亜鉛との区別ができなかったことである。カドミウムと亜鉛とは、元素周期表の中で同じ第12族に属し、性質がよく似ているため、従来の蛍光センサーでは結合による蛍光スペクトルの変化をうまく区別できなかった。本論文ではこの問題を解決するため、図のような蛍光センサーが設計・開発された。

この蛍光センサーは pH 7.2 の生理的なpH領域において、それ自身では緑色の蛍光 (531 nm) を発するが、カドミウムと結合すると蛍光が短波長側にシフトして青色(487 nm)を示し、亜鉛と結合すると、カドミウムとは逆に長波長側にシフトした黄色の蛍光(558 nm)を発する。蛍光により放出された光子数と吸収された光子数の比である量子収率は、カドミウムの結合によって、0.27 から 0.60 に上昇し、金属との結合しやすさを示す錯形成定数は 5.75×105 (mol/L)-1であり、亜鉛の約 3.5 倍であった。結果としてカドミウムが 0.1 μmol/L の濃度まで検出可能と計算された。

NMRと質量分析の結果から、カドミウムとの結合様式は ジ−2−ピコリルアミン(DPA:赤囲み部分)の3つの窒素で配位し、ピリジン(青囲み部分)とカドミウムが、 π-d軌道相互作用していることが推定された。このピリジン部分を他のピリジン化合物に置換したところ、亜鉛とカドミウムの蛍光スペクトルの差が見られなくなることから、ピリジンと金属との空間的な配置が重要であることが分かった。また亜鉛では、ナフタルイミド(緑囲み部分)のアミノ基が脱プロトンを起こし、窒素で配位していると考えられた。

この蛍光センサーは、カドミウムの検出の際に、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなど生体中に多量に存在する元素の影響を受けず、また鉄や鉛もほとんど影響しない。また、カドミウム複合体の蛍光波長とセンサー自身の異なる蛍光波長の強度比を求めるレシオ測定によって亜鉛の影響もほとんど無視することができる。水銀、ニッケル、銀は、蛍光をある程度消光させるが、当量のカドミウムを添加することで消光を抑えることができた。一方、コバルトと銅は消光効果が強く、カドミウムを添加しても消光を抑えることはできなかった。

従来問題であった亜鉛の影響を小さくすることができる蛍光センサーの開発により、生体中のカドミウム動態の研究だけでなく、環境や農産物に含まれるカドミウムの簡易分析への適用に一歩近づいたと言える。今後は、さらなるセンサーの改良や銅などの妨害元素を前処理により除く手順など、実用化のための技術開発が求められる。

(有機化学物質研究領域 馬場浩司

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