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情報:農業と環境 No.99 (2008年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 最大の環境リスクは 「競合における優位性」

遺伝子組換え食品や作物について不安を持つ市民は多いが、その理由として人の健康への不安とともに環境への影響をあげる人が多い。人の健康(食品安全性)では、スターリンクトウモロコシのように「新しくできたタンパク質がアレルギー源になるのではないか」という懸念が強いが (「GMO情報: スターリンクの悲劇 〜8年後も残るマイナスイメージ〜」(情報:農業と環境98号))、アレルギー性や有毒物質発現の可能性を含め、食品安全委員会の組換え食品専門調査会で医学者を含む研究者グループによって審査され、「安全性に問題なし」 と判断されたものだけが市場に出ることが認められる。環境への影響も、環境省・農林水産省主管の生物多様性影響評価検討会で専門家によって審査され、「野外で栽培しても環境へのリスクはないか、ひじょうに小さい」 と判断されたものだけが栽培を認められる。

環境影響評価のポイント

もちろん、漠然と「環境へのリスク」の有無や大小を判定するのではなく、おもに3つの観点から、組換え作物を栽培することによって、周辺の野生動物や植物に種または地域集団単位で影響を与えるおそれがないかどうかを判断する。環境省作成の「生物多様性影響評価項目の例」では、「競合における優位性」、「有害物質の産生性」、「交雑性」の3つをあげている。「交雑性」はわかりやすい。「有害物質の産生性」とは害虫抵抗性Btトウモロコシのように、害虫を防除するためのトキシンが害虫以外のチョウ(蝶)やテントウムシ、土壌生物などに有害な影響を与えることがないかどうかを評価する。「競合における優位性」(competitive advantage)とはあまり聞き慣れない言葉だが、周辺の野生植物よりも生存力が高く、在来の野生種を押しのけて、畑の外に広がっていくような例を想定している。組換え作物よりも、外国から侵入して分布を広げたセイタカアワダチソウのような「侵入雑草」をイメージするとわかりやすい。つまり「競合における優位性」とは、組換え作物や交雑によってできた子孫の植物が農地の外に広がって繁茂する、雑草化しやすい性質である。

遺伝子組換え作物といっても、作物ごとに導入される遺伝子の形質が異なるので、3つの評価項目について、それぞれ個別に判定される。害虫抵抗性トウモロコシでは、日本に交雑可能な近縁の野生トウモロコシ種は分布せず、畑外で雑草化しやすい性質もほとんどないので、評価の中心は「有害物質の産生性」におかれる。除草剤耐性ダイズでは、有害物質の産生は想定されず、雑草化のおそれも小さい。ダイズはマメ科作物だが、同じマメ科のクズやカラスノエンドウのように雑草化してはこびることはない。しかし、日本にはダイズと交雑可能な同属(Glycine)の野生種であるツルマメが分布しているので、近縁野生種との「交雑性」が、環境への影響(生物多様性影響)では相対的に最も重要な評価項目となる(農環研平成18年度研究成果情報 http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/result/result23/result23_22.html)。

既存情報をもっと活用

ミシガン州立大学園芸学部の Hancock 教授は、2003年に BioScience 誌に「遺伝子組換え作物のリスクを評価するための枠組み」と題する論文を寄稿した。これは当時、ヨーロッパで試験栽培を含め組換え植物の野外栽培の多くが中断し、研究の停滞が懸念されていた中で、「今までに得られた多くの情報を活用して、もっと合理的、体系的に組換え作物による環境へのリスク評価を進めるべき」と提言したものだ。Hancock は「作物そのものが持つ性質」と「導入される遺伝子の形質」の組合せによって、環境へのリスクを判断するべきで、作物の性質は組換え植物を用いなくても既存の多くの情報を有効に活用すべきだと強調した。彼は環境リスクの高い作物のチェックポイントとして2つあげている。(1)交雑して子孫を残す可能性のある近縁野生種が存在するか? (2)組換え作物それ自体、あるいは野生種と交雑してできた子孫が、農地外に拡散して雑草化する可能性があるか? ここで注意したいのは、「交雑」は野生近縁植物との交雑であり、同種の非組換え作物品種との交雑は、生態リスクや生物多様性影響の範疇(はんちゅう)ではないということだ。「花粉の飛散によって、非組換え作物と交雑しないか?」とか「混入許容率以上に組換え作物が含まれることはないか?」といった問題は、経済や流通上の問題である。例えばトウモロコシのA品種に遺伝子組換えのB品種が混じっていた場合、商品価値や表示上の問題は起きるが、「5%以上混入していたら生態系に悪影響があるが、0.1%なら生態系へのリスクはない」とは、だれも考えないだろう。

Hancock は雑草化しやすい形質として、「種子寿命が長い」、「不連続な発芽が可能」、「発芽に適する条件範囲が広い」、「成長が速い」、「種子生産が途切れない」、「自家受粉性」、「特定の花粉媒介昆虫に依存しない」、「種子生産量が多い」、「種子を近くにも遠くにも分散できる」、「栄養体繁殖性」など14の特性をあげ、これらの形質を多く持つ作物種ほど、侵入性が高く雑草化しやすいとしている。当然、交雑可能な近縁種が存在する場合や、雑草化しやすい形質を多く持つ作物を遺伝子組換えに利用する場合は、環境へのリスクがないことを証明するためのハードルは高くなる。また、交雑する近縁野生種が存在せず、雑草化の可能性が低いと考えられる作物でも、耐寒性・耐乾燥性・重金属汚染耐性・病害虫抵抗性などのように、組換え作物種の生存にとって潜在的に有利に働く可能性のある遺伝子を導入した場合は、栽培地以外に拡散して新たなリスクとならないことを証明する必要があると述べている。

表 作物特性と導入遺伝子形質から見た環境への影響程度(リスク度)

リスク度 作物特性 導入される遺伝子の形質
交雑可能な野生近縁種存在する
雑草性形質多い
雄性不稔、耐寒性、耐乾燥性
重金属耐性など
病害虫抵抗性
除草剤耐性
交雑可能な野生近縁種存在しない
雑草性形質少ない
マーカー遺伝子
Hancock (2003) の表1,2を改変

競合における優位性の具体例

では、どんな作物にどのような形質を導入すると、生態系にリスクの大きい組換え作物ができるのだろうか? オランダ・ワーゲニンゲン大学の Prins らは、ウィルス病抵抗性組換え作物を例に、農耕地外に広がりやすい性質、つまり侵入性・雑草性の高い牧草などに耐病性の遺伝子を導入した場合をあげている。現時点でこのような耐病性牧草は実用化されていないが、豪州・連邦科学研究機関の Godfree らは、モデル実験によって、彼らが開発を進めているウィルス病抵抗性の白クローバ(マメ科牧草)をオーストラリアの亜高山地帯で栽培した場合、対象とするウィルス病が発生した時、組換えクローバの方が、ウィルス病に抵抗性がない在来クローバ種よりも増殖力が高まり、周辺環境に広がりやすいことを示した。つまり、侵入性・雑草性の高い植物に病気や害虫に強い形質を導入すると、病気や害虫が発生した場合、周辺にもともと生息している植物種よりも、生き残る確率が高くなる。複数の病気や害虫に強い形質を導入した場合には、組換え植物の方が生き残る確率はさらに高くなり、周辺環境への影響はより大きくなると予測される。しかし、導入した形質が除草剤耐性の場合は、除草剤を人為的に散布しない限り、もともと生息していた在来植物と比較して、組換え作物の方が生存上特に有利になることはないので、「競合における優位性」が高まるとは考えられない。セイヨウナタネはダイズやトウモロコシと比べて、雑草化しやすい形質を多く持っており、畑外にも広がりやすい。現在、遺伝子組換え作物として利用されているセイヨウナタネは除草剤耐性のみであるが、もし将来、害虫抵抗性や病害抵抗性の組換えナタネが開発されたならば、「競合における優位性」の観点から、生態系へ及ぼすリスクの程度は高くなると考えられる。オーストラリアのウィルス病抵抗性白クローバも今後、実用化をめざす場合には、環境リスクの点で多くのハードルが待ち受けていることになる。

このように組換え作物の栽培によって生ずる環境へのリスクといっても、作物自体の持つ性質と導入される形質によって、リスクの程度は大きく異なる。Hancock は「遺伝子組換えの対象となる植物種と導入する遺伝子の性質から、環境に対してどのようなリスクがあるかは、わざわざ試験をしなくてもかなりの部分は既存の情報から判断できる。もしリスクが不確かな場合は、研究開発の初期段階にリスクの程度を明らかにすべきで、生態系へのリスクが高いと判断されたら、それ以上の開発は中止するべきだ」と述べている。言い換えれば、近縁の野生種と交雑しやすく、畑からどんどん広がって雑草化し、人間の管理が難しいような組換え作物は、仮に商業栽培の申請をしても、いずれの国でも栽培認可は下りないということだ。

農業環境技術研究所ではダイズ、イネ、トウモロコシ、セイヨウナタネを材料に、遺伝子組換え作物による生態系への影響を調査・研究しているが(遺伝子組換え生物生態影響リサーチプロジェクト (http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/rp/gmo_rp.html) )、作物の性質と導入されている遺伝子の形質によって、影響評価の注目点は異なる。それぞれの作物について、どのような観点から生態系へのリスクを調べているのか、あるいは生態系へのリスクというより、むしろ経済・流通上の問題から調査しているのかなど、市民向けには研究の背景も説明する必要がある。また、組換え作物開発側の研究者も「生態系、環境への影響を調査するために野外試験が必要」と抽象的に述べるのではなく、「自分たちの開発した組換え植物はこのような形質を持っている。だから、○○の方法を用いて、△△の影響について調査するのだ」と具体的に説明してほしい。市民は組換え植物の野外栽培に対して、漠然とした不安を抱いている場合が多いようだ。調査手法が定まっていない場合、たとえ組換え作物にリスクがあったとしても、リスクの有無やリスクの程度を明らかにすることはできない。研究者側の説明が漠然としていては、組換え作物による生態系への懸念はいつまでたっても解消されない。

おもな参考情報

Hancock(2003) A framework for assessing the risk of transgenic crops. BioScience 53(5): 512-519. (遺伝子組換え作物のリスクを評価するための枠組み)

Prins et al. (2008) Strategies for antiviral resistance in transgenic plants. Molecular Plant Pathology 9(1): 73-84. (ウィルス病抵抗性組換え植物の戦略)

Godfree et al. (2006) Risk assessment of transgenic virus-resistant white clover: non-target plant community characterization and implications for field trial design. Biological Invasion 8: 1159-1178. (ウィルス病抵抗性組換えホワイトクローバのリスク評価:非標的の植物群落の特性と野外試験計画のための示唆)

生物多様性影響評価項目の例(環境省バイオセーフティ・クリアリングハウス)
http://www.bch.biodic.go.jp/download/lmo/hyoka_komoku.jpg

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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