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情報:農業と環境 No.100 (2008年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

司馬史観による日本の森林評価と土壌肥料学

1.日本は森林の資源大国

日本の国土は約66%が森林で占められており、まさに「山国」という呼称がふさわしい。しかも、日本の山は大きな樹木に覆われ、みどりが豊かである(写真1)。このことは、ずっと日本に住み慣れていると感じないが、海外を旅行して植生の貧相な山や禿げ山などを見た時、私たちはその違いを知る。また、日本を訪れた外国人客の多くが、わが国の森林の豊かさに驚くという。つまり、日本は、森林に関してはたいへんな資源大国なのである。

みどり豊かな日本のやま(尾瀬)(写真)

写真1 日本の山は樹木が多くてみどり豊か
(尾瀬にて筆者撮影)

それでは、その森林資源を支えているものは “いったい何であろうか?” ということになるが、この点に関しては、一般の人々にはあまり知られていないように思われる。

本稿では、日本の森林の豊かさについて土壌肥料学の立場から、すこし掘り下げて考えてみたい。

2.司馬史観にみる日本の森林の資源的評価

歴史小説家の司馬遼太郎は、戦国時代や明治維新などの人物と出来事にスポットを当てながら、独自の歴史観を創り上げた。また、時代に埋もれた資料などを発掘して、あらゆる角度から日本の “国” を描写した。これらの偉業は、司馬史観として称賛され、多くの読者から支持を得ている。

その司馬遼太郎が、いろいろな著書の中で、日本の森林の資源的価値を高く評価している。たとえば、『この国のかたち(五)』(文春文庫)には、日本の製鉄史が5節にわたって詳しく記述されているが、この製鉄のための必須燃料である木炭を生産する森林の豊かさについてもふれている。司馬は、中国の三世紀の資料などに基づいて、日本の製鉄技術の渡来は朝鮮半島経由と考え、次のように記している。

ただ朝鮮半島の場合、山が地質学的に古く、さらに気候が日本列島より乾燥しているせいか、山林が濫伐されつづけると山骨が露われ、やがて禿山になる場合が多かった。

山が禿げてきたので、かれらは出雲にきた、というのが私の想像である。

採鉱、選鉱、製錬、木炭製造、山林伐採などの諸分野に農民までふくめ、その家族たちの人数を想像してゆくと、一団体ごとに千人を越える単位だったかと思える。

それらが数世紀にわたって渡来し、中国山脈の峰や谷に蟠踞(ばんきょ)して、製鉄をした。幸いなことに、中国山脈の樹木は無限といっていいほどに復元力がある。このことが日本史に影響した。

さらに司馬は、砂鉄から鉄を作る技術と、木炭およびそれを供給する森林の関係を次のように書いている。

近代以前の製鉄には、すくなくとも四つの現場がある。山を崩して砂鉄をとる現場と、それを製錬する現場、また木炭製造の現場、さらには樹木を伐採する現場である。製錬現場で砂鉄を熔かすには、一山を裸にするほどの木炭が要った。木が鉄を生むといっていいほどに、砂鉄製錬は樹木を食い、古代としては大規模な自然破壊をともなった。しかし、日本の森林には復元力があった。

そして司馬は、森林が復元する年数を約30年とみており、この復元力の差が日本列島と朝鮮半島の鉄の生産量に大きく影響したと推定している。鉄の大量生産は、鍬(くわ)や鋤(すき)などの農具あるいは鋸(のこ)や鑿(のみ)などの大工道具の発達につながり、また、武器の強度を高め、以後の日本の歴史に大きな影響を与えたことは間違いないであろう。

3.日本の森林の復元力

昔の製鉄業が多量の樹木を消費したことは上記のとおりであるが、それ以外にも、日本人の生活には森林の樹木を消費する要素がたくさんあった。焼畑農耕は、縄文時代の末期ごろから盛んになったようである。縄文人は、森林を焼き払って耕地を作り、何年か栽培を繰り返した後、地力が低下すると次の場所へ移動した。しかし日本列島では、この焼畑農耕の跡地が、速やかに (20〜30年くらいか) 森林へと再生し、禿げ山になることはなかったと思われる。

また、料理や暖房などの生活燃料として薪(まき)や木炭が使われ、山の樹木が多く消費された。日本の昔話に出てくる「お爺さんは山へ柴刈りに・・・」は、まさに生活燃料を得るための薪集め作業である。このような生活のための樹木消費は、わが国で炭鉱の採掘技術が確立されて石炭の供給が始まるごく最近まで続く。また自動車などの燃料は海外からの石油の輸入に依存しているが、太平洋戦争下の石油欠乏時には、<木炭バス> さえ走っていたと聞く。また、この生活燃料以外にも、陶磁器を焼成する工程には薪を多く使い、海岸では海水を煮詰める製塩作業の燃料としてやはり多くの薪を必要とした。

またわが国では、近年、きわめて短期間に森林を広く乱伐した時期があった。昭和20(1945)年の終戦により、日本の大都市の多くは焦土と化した。戦後の復興のために、日本の森林からは大量の木材が伐(き)り出されることになる。この時期、ほとんどの国民は、住居を確保して食料を得るのが精一杯で、森林資源の保全など考える余裕すらもなかった。昭和23(1948)年には、伐りっぱなしの森林面積は全国で150万ha(岩手県の面積に匹敵)にも達したのである。木の無くなった山を見て国民は驚き、森林再生の必要性を痛感するようになる。昭和25(1950)年に始まった 「国土緑化運動(緑の羽根募金など)」 は、全国の造林熱を高めた。わずか数年後の昭和31(1956)年には、150万haの植林が完了した。そして、樹木の無かった山は、その後の20〜30年間でみごとな復元力をみせたのである。

このようにわが国では、太古から近年まで、いろいろな燃料や建築材料として多量の樹木が消費され続けて来たと考えられる。それでも、禿げ山というものを今日ほとんど見ることがない。

平成16(2004)年にギリシャで開催されたアテネオリンピックでは、テレビ画面に映された競技会場の背景に、いくつもの禿げ山を見た。日本では考えられない風景である。

4.森林を育てるのは雨? 土?

さて、それでは日本の禿げ山化を救った森林の復元力は、いったい何に起因するのであろうか。まず考えられるのは、降水量である。たしかに、樹木の生育には豊富な水分が必要なことは間違いない。しかし、たとえば朝鮮半島と日本列島の間で、樹木の生育に有効な降水量に、はたして有意な差異があるかどうかは疑問である。

韓国は古来、水田稲作の国である。水稲を育てるだけの十分な降水量があるということだ。また韓国にも、「湯水のように使う」 という日本と同様な表現があると聞く。これらのことからみても、朝鮮半島における樹木生育の制限因子として降水量のみをあげることは妥当ではない。

いっぽう、日本列島における年間平均降水量の1,700mmは、朝鮮半島よりは多いだろうが、日本の降水量は梅雨期や台風時の集中豪雨 (この気象現象はヨーロッパの人には理解できないらしい) でかなりの部分を占める。集中豪雨の水は大部分が山の斜面を流れ、渓谷から濁流となって河川に流れ出てしまい、場合によっては河川の下流域に大洪水をもたらす。したがって、この集中豪雨の水は、樹木の生育にとってはかなり無効な水といわざるをえないだろう。つまり、樹木の生育に有効な降水量という点で、日本列島と朝鮮半島の間に明確な差異があるかどうかは疑問である。

そこで筆者は、森林の再生力からみた日本列島と朝鮮半島の差異は、土壌の肥沃度(ひよくど)に帰すべきではないかと考える。生育に有効な水分がある程度あれば、樹木の成長スピードは土壌の肥沃度に規制されるのではないだろうか。

褐色森林土の土壌断面(写真)

写真2 褐色森林土の土壌断面の一例
(前島勇治氏 提供)

5.日本の森林土壌は肥沃度が高い

日本の森林の大部分を占める土壌は「褐色森林土」という分類名で呼ばれている。そして朝鮮半島の森林土壌と比較して、日本の褐色森林土は肥沃度が高いとみてよい。日本列島は地質年代的には朝鮮半島より若いので、土壌中には未風化の砂(母材)が多く残っており、風化により少しずつミネラルを供給し続けていると考えられる。また日本は火山国であり、各地の火山が噴火して、太古より、日本列島の上に火山灰を何度も降らせてきた。火山灰は、多量に集積すると黒ボク土のような問題土壌にもなるが、一般の土壌に適度に混入した火山灰は風化しやすい母材となって、多くのミネラルを供給して土壌を若返らせるはたらきをする。このようなことから、日本の褐色森林土は、樹木を育てるために必要な栄養分を豊富に含み、若くて生産力が高い土壌ということができるのである。褐色森林土の一例を写真2に示す。

6.熱帯雨林には瘠(や)せた土壌が多い

最近は、熱帯林の急速な減少が問題となっている。1991年のFAOの統計によれば、毎年、熱帯林全体で約1,700万haが消失し、勢いが収まる見通しはまったくたっていないようである。この熱帯林減少の原因は、焼畑移動耕作、商業伐採、薪炭材の過剰採取や家畜放牧など、いずれも人間の活動にあるとされている。熱帯雨林では、気温は高く降水量も多いはずなのに、ひとたび樹木を伐採すると森林の再生が難しいという。それはなぜか? 原因はどうも土壌にありそうである。

熱帯雨林帯では、オキシソルやアルティソルに分類される土壌が広く分布している。これらの土壌は、激しい風化と溶脱作用により、土壌の潜在的生産力としてのミネラルの含量が低下してしまっている。いわば老朽化して瘠せた土壌といえるのである。とくに、オキシソルはその典型的な土壌で、たとえばこの土壌に覆われたブラジルのアマゾンの農地がすぐに荒廃する原因にもなっている。また、熱帯雨林にはラワンなどの巨木が茂り、経済性の高い木材資源として輸出されてきたが、その樹木を伐採した跡地は荒廃の一途をたどって、再生が難しいという。

しかし、熱帯雨林でもアルフィソルという土壌はミネラル分が多くて肥沃なために、樹木の再生力は高い。また、土壌が瘠薄(せきはく)なオキシソルに属する地帯でも、新期の火山噴出物が混じった土壌は生産力が高いのである。

7.土壌モノリスで学ぶ

以上に述べたことを考え合わせると、伐採された森林の再生に果たす土壌の役割はきわめて大きいと言わざるをえない。すなわち筆者は、日本の森林の復元力が高い要因は、降水量の多さもさることながら、むしろ土壌の肥沃度に帰すべきではないかと考えている。

日本の土壌についてもっと詳しく知りたい方には、(独)農業環境技術研究所のインベントリーセンターへのご来場をお薦めしたい。ここには、全国から集めた143点の土壌モノリス(写真2のような土壌の縦方向の断面から原形をとどめて標本を採取したもの)が展示してある。また、その他の土壌に関する科学的な情報も多く得ることができる。

参考文献

小野信一;『土と人のきずな』(新風舎)、2005

司馬遼太郎;『この国のかたち』(文春文庫)、1999

北村昌美;『森林と日本人』(小学館)、1995

只木良也;『森と人間の文化史』(日本放送出版協会)、1988

森林サイエンス研究会;『森林サイエンスの現状と今後の展望』(全国林業改良普及協会)、1994

久馬一剛;『土とは何だろうか?』(京都大学学術出版会)、2005

農業環境インベントリーセンター;インベントリー 6(独立行政法人 農業環境技術研究所)2006/2007

(土壌環境研究領域長 小野信一)

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