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情報:農業と環境 No.103 (2008年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第5回国際アレロパシー学会(2008年9月、米国(サラトガスプリングス))参加報告

2008年9月21日から25日まで、第5回世界アレロパシー会議が米国ニューヨーク州サラトガスプリングス市で開催されました。アレロパシーとは、植物が放出する有機化合物(生理活性物質)によって他の生物が何らかの影響を受ける現象を意味しています。このときこの有機化合物をアレロケミカルと呼びます。

サラトガスプリングス市は、ニューヨーク市の北300kmに位置し、1777年に、大陸軍がアメリカ独立戦争で初めて英国軍を破りアメリカ独立に重要な役割を果たした古戦場のある町です。「スプリングス」は「泉」の意味ですが、ここは期待した温泉保養地ではなく、飲用にする鉱泉水がわき出る場所の意味だったようです。日本よりも一足早く、黄蘗(きはだ)色や銀朱(ぎんしゅ)色に葉を染めた樹木に迎えられ、さわやかな秋風と好天に恵まれた学会でした。

世界アレロパシー会議は3年ごとに開催されており、今回はオーストラリアのチャールズ・スタート大学の Leslie Weston 先生とアメリカ農務省の Stephen O. Duke 先生が中心になって開催されました。開会セレモニーでは、藤井が第4代会長として開会あいさつをしました。この国際学会には規模は小さいものの世界各国から多彩な参加者があり、古い友人との絆(きずな)を深めるとともに新しい友人を作ることが重要な目的であること、今後のアレロパシー研究においてアフリカと南アメリカが重要な地域であることを強調しました。続いて、Phytochemistry 誌の編集幹事でもあるワシントン州立大学 Norman Lewis 教授による基調講演があり、天然物有機化学の立場からアレロパシー研究に対する期待をお話しいただきました。

今回の注目すべき研究発表としては、ドイツ・ホーエンハイム大学の Regina Belz 博士による、アレロパシー研究におけるホルメシス (hormesis) という概念に関する発表が挙げられます。ホルメシスとは濃度によって化合物の効果が正負逆になる現象を意味します。たとえば植物生育阻害活性を持つ化合物でも低濃度では植物生育促進物質として働くといった興味深い現象です。また、東京大学の山根教授は、イネのアレロケミカルとしてジテルペノイドの生合成研究の成果を発表されました。イネのアレロケミカルは、その活性本体についてはまだ議論の余地がありますが、ジテルペノイド系化合物はファイトアレキシンとして知られていたことから研究の蓄積があり、今後の発展が期待されます。

農環研から参加した私たち3名は、それぞれ以下の講演を行いました。平舘は、「Evaluation of the Effectiveness of Allelochemicals in Soils」 という演題で土壌科学分野の招待講演を行いました。アレロケミカルとしてもっとも貢献度の高い化合物について、土壌中での活性低下も考慮して、アレロケミカルが実際に効いているか定量的に判断すべきであるという内容で、大きな反響がありました。また、加茂は、「Cyanamide as a Natural Product」 という演題で天然物化学分野の招待講演を行い、農環研において世界で初めて生物界から発見したシアナミドについて、定量法や植物界での分布に関する詳細な研究成果を紹介しました。さらに、藤井は、「Evaluation of Invasive Alien Plants by Modified FAO-WRA (2005): Importance of Allelopathy in Weed Risk Assessment」 という演題で、外来植物のアレロパシーの分野で招待講演を行い、侵入植物が新たな土地で優占群落を形成する段階でアレロパシーの果たす役割が大きいという研究成果を紹介しました。

ポスターセッションでは、藤井が 「Rosmarinic Acid as Potent Allelochemical from Comfrey (Symphytum officinale L)」 という演題で、外来植物のコンフリーには花粉症緩和作用が知られているローズマリー酸が含まれ、これがアレロパシーに寄与している可能性を報告しました。また、「Demonstration of Allelopathy in Tissue Culture of Coffee and Guarana: Plant Cells Communicate through Production of Caffeine as an Autotoxic Allelochemical in Mixed Culture」 という演題で、オクラホマ州立大学のグループとの共同研究を発表しました。

サラトガスプリングス市郊外(写真)

写真 サラトガスプリングス市郊外のアメリカ独立戦争の古戦場
ヨーロッパからの侵略的外来植物である Centaurea で覆い尽くされ、外来植物のアレロパシーとアメリカの歴史を象徴する場所となっている。

2日目の午後には、参加者全員による野外観察会が催され、外来植物が繁茂している現地を見学しました。野外観察会が開催された地域では、とくにヨーロッパから侵入したヤグルマギクの一種が一帯を優占しているようすが観察できました。この観察会には、この植物を対象として 「アレロパシーによる新兵器仮説」 を Science 誌に発表して注目されているモンタナ州立大学の Callaway 教授も参加し、現地で植物や土壌を採取されていました。日本各地に分布をひろげ、アレロパシーの強い外来種として有名なセイタカアワダチソウは、この地方が原産地であり、その仲間を含めると20種以上が自生しているが、これらは形態も多様で、州の花になったり絶滅危惧種(きぐしゅ)になったりしているものもあるそうです。また、最近日本に侵入して生態系に対するリスクが懸念されているメリケンカルカヤも北米の乾燥地域が原産ですが、原産地では消滅しつつあるのに観察会が開催された地域ではまん延しつつあることが興味深く感じられました。観察会は有名な古戦場を望む場所で開催されましたが、私たち3人と Callaway 教授の研究グループは、古戦場よりも足元の植物を気にしながら、お互いの情報を交換し、議論を深めました。

今回はヨーロッパと中国からの参加者が多く、ヨーロッパでは、ファイトレメディエーション (汚染土壌の植物による浄化) にアレロパシーの強い植物を利用することが検討されており、ポーランドの Gawronski 教授を中心とするグループがこれに関連した大きな欧州連合の予算を獲得したことが紹介されました。日本でも、生物系特定産業技術研究支援センターのイノベーション創出基礎的研究推進事業で、農環研を中心とするグループの 「アレロケミカルの探索と新規生理活性物質の開発」 が新規課題として採択されたことを報告し、国際共同研究を呼びかけました。

現在、アレロパシーについて、生態学分野では 「外来植物のアレロパシー」 が、天然物分野では 「新規生理活性物質の発見とその遺伝的解析」 がホットな課題となっており、これらに関連した発表が多数ありました。さらに、根圏の微生物や昆虫と植物の相互作用の研究も急速に進展しており、熱心な議論がなされました。

国際アレロパシー学会最終日に撮影した集合写真

写真 最終日に撮影した集合写真

最終日の閉会セレモニーでは、次回の第6回世界アレロパシー会議を、2011年11月ころ、中国の広州市で開催することが発表されました。参加者が200人たらずの小さな会議でしたが、世界各地に同じような目的を持って研究をしている友人がいることを確かめ合い、情報交換や今後の協力関係を築くための貴重な機会となりました。

(生物多様性研究領域 藤井義晴、平舘俊太郎、加茂綱嗣)

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