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情報:農業と環境 No.104 (2008年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

米国の次世代バイオ燃料計画〜トウモロコシの茎・葉・穂軸まで徹底利用〜

トウモロコシやサトウキビから作るバイオエタノール、ダイズやナタネから作るバイオディーゼル。食料や家畜飼料に使われていた作物が、石油への依存度を減らすためと地球温暖化対策 (温室効果ガス削減) などのため、燃料用に転用される割合が増加している。これが原因のすべてではないが、2006年ころから世界的に穀物価格が高騰 (こうとう) し、「食料用の穀物を燃料に使うべきではない!」 という声が急速に高まっている。倫理的・人道的理由だけではなく、「バイオ燃料は温室効果ガス(二酸化炭素)削減にほんとうに貢献するのか?」と疑問を投げかける報告も国際機関や研究者サイドから多く出されている。今年(2008年)10月7日、FAO(国連食料農業機関)は 「食料と農業に関する年次報告2008」 で、バイオ燃料問題を特集し、「現時点では二酸化炭素削減効果は期待ほどではなく、森林破壊や食料価格の高騰など途上国にとってはマイナス影響の方が大きい」 とし、「富裕国だけでなく途上国もバイオ燃料生産による利益を共有できるシステムを考えるべき」 と警鐘を鳴らした。同じ10月7日、米国農務省とエネルギー省は 「国家バイオ燃料行動計画」 を発表し、今後、連邦政府や研究機関が連携して、持続可能なバイオ燃料供給体制を整備する行程を示し、とくに次世代のバイオ燃料資源であるセルロース系植物の効率的利用の促進を強調した。

当面はトウモロコシによるバイオエタノールが中心

米国は2009年から新政権に移行するが、新大統領はトウモロコシとバイオエタノールの生産量が全米2位のイリノイ州選出で、バイオエタノール産業推進の立場をとってきた。今回発表されたバイオ燃料行動計画の根幹となる、2013年までの米国農業政策を定めた 「2008農業法」(2008年5月成立) も支持しており、今後も米国のバイオ燃料政策に大きな変更はないものと考えられる。 バイオ燃料行動計画では、燃料用の原料植物を3世代に分け、その将来性を以下のように分析している。第1世代: トウモロコシ、ダイズ。現在利用中で今後(近未来)も増加する。第2世代: 作物や木材の収穫後の残渣(ざんさ)。セルロースの効率的転換技術の開発により、近い将来の実用化が期待できる。第3世代: 永年性草本、成長の早い樹木、藻類。燃料用に限定した 「エネルギー作物」 であり、食料と競合しない。実用化にはさらに研究開発が必要で、まだかなり時間がかかる。全世代: どの世代の原料植物でも、単位面積あたりの収量を増加させる技術開発が必須の課題。

2007年8月、Chapotin (米国国際開発庁) と Wolt (アイオワ州立大) は、近い将来に実現可能な技術と長期的に達成が望まれる技術を区別して、バイオ燃料作物の近未来の動向と課題を冷静に分析した論文を発表した。今回の米国政府の行動計画は彼らの論文の内容とほぼ一致した現実的なものだ。Chapotin らは 「油成分の多いトウモロコシやダイズの穀粒と異なり、葉や茎の繊維質を糖やアルコールに転換するのは容易ではない。茎葉には燃料となるセルロースと分解しにくいリグニンが含まれており、これらを分離しなければならない。将来的にはスイッチグラスなどイネ科植物の利用が理想的であるが、まだ技術的に確立していない。見通しがつくのは早くても2015年ころで、当分は米国のバイオ燃料の90%はトウモロコシに依存するだろう」 と予測し、食料との競合を避けるための現実的対策は 「ストーバーを含めたトウモロコシの徹底活用である」 と述べている。

ストーバー (stover)とは、あまり聞き慣れない言葉だが、穀物収穫後に残った茎、葉、穂軸の部分で、米国の第2世代バイオ燃料原料はこの部分を利用する。トウモロコシ・ストーバーをセルロース系バイオ燃料として利用する試みは2000年代前半から始まっているが、2008年8月、米国大手の農業関連企業が、ストーバー利用によるバイオエタノール生産システム開発のための共同研究を行うと発表した。穀物メジャーのアーチャー・ダニエルズ・ミットランド社 (ADM)、バイテク種子メーカーのモンサント社、農機具メーカーのディア社と、各分野の大手企業の共同研究である。トウモロコシの栽培から、収穫、ストーバーの回収、糖・アルコールへの転換、精製、ガソリンとの混合、販売供給まで、一連のシステムを通して、最大の経済的効果をあげることを目標としている。「今まで畑に放置されていたストーバーを利用することで、同じ農地面積から、さらに多くの収益をあげることができる」 と強調しているが、経済的利益だけでなく、畑に残されていたストーバーを回収してしまうことによる農地や環境へのマイナス影響も研究対象としている。

トウモロコシ・ストーバーを畑から除去すると

ストーバーを畑から回収することによるマイナス影響は、すでに米国農務省や大学でも研究が始まっている。考えられる悪影響は、1)土壌栄養分 (地力) の低下、2)風や雨による表面土壌の流失、3)土壌湿度の低下 (乾燥化) があげられる。オークリッジ国立研究所の Graham ら(2007)は、全米の気象や地質データから、トウモロコシ・ストーバー回収による影響の程度を地図化した。中西部のコーンベルト地帯より西側 (おもに西経100度以西) では、風による土壌流失と乾燥化の悪影響が大きいと推定されたが、不耕起栽培や化学肥料の追加投入によって、中西部の3地域 (イリノイ州中部、アイオワ州北部〜ミネソタ州南部、ネブラスカ州のプラット川流域) では、土壌流失を起こさずに、大規模なバイオエタノール精製所に年間100万トン以上のストーバーを供給できると予測している。Graham らは今回の推定はかなり単純な予測によるもので、トウモロコシ収穫量の年次変化や収穫・回収技術、耕起方法の地域間での違いも考慮する必要があると述べている。ストーバーを回収する代わりに追加投入する化学肥料の価格がストーバー1トンあたり33ドル以下なら、肥料を投入しても採算が合うとしているが、最近は米国でも肥料価格が高騰しており、彼らの予測した前提条件に合わなくなっている。穀物価格や原油・肥料価格、そしてバイオ燃料の価格自体が大きく変動する中で、「どのくらいのストーバーを畑から回収できるか、回収してもよいか?」 という研究が、農耕地や環境への影響と経済的採算性の両面から、産官学さまざまな分野で繰り広げられることになるのだろう。

第3世代原料、スイッチグラスの課題

第3世代の燃料作物のうち、永年性草本植物として、米国で有望視されているのはスイッチグラス(キビ属)、ジャイアント・リード(ダンチク属)、ミスカンサス(ススキ属)(いずれもイネ科)などがあり、とくにスイッチグラスへの期待が高い。スイッチグラス(Panicum virgatum)はトウモロコシと同じC4植物で光合成能力が高い上、乾燥にも耐え、農地に適さない土地でも栽培可能であり、2008年からオクラホマ州では400ヘクタールの大規模試験栽培が始まった。しかし、栽培しやすく、セルロース生産量も多く、食料と競合しないとはいえ、セルロースを効率よく糖・アルコールに転換する技術はまだ開発途上であり、この技術に遺伝子組換え微生物を用いる場合、野外環境に拡散しないように厳重な管理が求められることになる。

カリフォルニア大の植物生態学者、Barney と DiTomaso (2008)は、「セルロース系バイオ燃料の開発は必要だが、侵入生物のように雑草化するリスクも考えるべき」 と、大規模な導入前のリスク評価の必要性を強調している。農作物が生育できない不適な土地で旺盛(おうせい)な繁殖力を示すことは、裏を返せば、雑草化してはこびる可能性も高いことになる。ジャイアント・リードやミスカンサスは米国本土にもともと分布しない外来植物だ。スイッチグラスは米国本土の土着種だが、原産地はロッキー山脈の東側で、カリフォルニア州など太平洋岸で大規模栽培された場合は、侵入種として雑草化する恐れが高いと警告している。現時点で、スイッチグラスに遺伝子組換え技術によって新たな形質を導入する計画は具体化していないが、もし組換えスイッチグラスを栽培するとなると、風媒による近縁野生植物との交雑が問題となる。大規模面積でスイッチグラスが栽培された場合、周辺の小規模な野生植物集団は交雑を通して、遺伝的多様度が減少し、絶滅に向かう可能性がある。このようなリスクが高い場合、生物多様性保全の観点からは、組換えスイッチグラスの野外栽培は認められないか、栽培地域がかなり制限されることになる。将来、スイッチグラスの商業利用が実際に可能になったとき、米国がバイオ燃料と生物多様性保全のどちらに比重を置くのか不明であるが、スイッチグラスの前途には克服しなければならない課題が多い。

渡り鳥への影響

Graham ら(2007)が、大量のトウモロコシ・ストーバーをエタノール工場に供給できると予測した3地域の1つ、ネブラスカ州のプラット川流域では、1990年代後半に、収穫後に畑に残されるトウモロコシやダイズのこぼれ種子と渡り鳥の関係について調査が行われた。米国地質調査所・北プレーリー野生生物センターの Krapu ら(2004)は、春にカナダヅル(Grus canadensis)とマガン(Anser albifrons)を捕獲して解剖したところ、20年前と比べて体内脂肪含有量が大幅に減っていた。彼らは畑に残された収穫後のトウモロコシ穀粒も20年前より減っていたことから、カナダヅルとマガンだけでなく、オナガガモ(Anas acuta)やレッサーハクガン(Chen caerulescens)も含め、渡り鳥の移動と繁殖のための主要なエネルギー源が奪われていると報告している。1990年代後半は、除草剤耐性ダイズや害虫抵抗性Btトウモロコシの栽培が広まり始めた時期でもあり、彼らは遺伝子組換え作物の普及との関係も含めて、渡り鳥のエサ供給源が変化した理由を3つあげている。1)コンバイン(収穫・脱穀兼用機)の性能が向上し、倒れかけた穂も収穫できるようになったため、トウモロコシ穀粒のこぼれ落ちが大幅に減った、2)ダイズの栽培面積が増えたが、ダイズ穀粒は渡り鳥のエサとしてはあまり利用されない、3)除草剤耐性ダイズの栽培によって、ヒエなどイネ科雑草が減り、渡り鳥の好む穀物エサが減った。原因は単純ではないが、渡り鳥の栄養補給源に大きな変化が起こったのは事実のようだ。

今回発表された米国のバイオ燃料行動計画では、原料作物の栽培から、収穫、回収、アルコール精製、ガソリンとの混合までの一連の行程について、環境に及ぼす影響を3年ごとにEPA(環境保護庁)が評価し、議会に報告するとしている。一気に最初の計画通り進めるのではなく、状況を見ながら計画を修正する、いわゆる「順応的管理 (adaptive management) 」の手法を取り入れており、評価できるものだ。EPAの行う環境影響評価で、渡り鳥など野生動物への影響をどの程度考慮するのかは現段階でははっきりしていない。今まで畑に戻されていたトウモロコシ・ストーバーがどのくらいの量、畑から回収されたら渡り鳥の栄養補給に影響するのかわからない。栄養価の高い穀粒ではないので、ストーバーが大量に回収されてもそれほど影響はないのかもしれない。富裕国に棲(す)む野生動物よりも、途上国を含めた人間の食糧問題が優先されるのは当然である。しかし、トウモロコシの収穫効率をさらに向上させるコンバインが導入された場合、畑にこぼれ落ちる穀粒はさらに減少し、北米の渡り鳥にとって歓迎されないことだけは確かだろう。

おもな参考情報

FAO (国連食料農業機関) 「食料と農業の年次報告2008」(日本語版) (2008/10/7)
http://www.fao.or.jp/media/press_081008.doc.pdf

米国農務省とエネルギー省 「バイオ燃料行動計画」(2008/10/7)
http://www.usda.gov/documents/NBAP081208.pdf

ADM,Deer,Monsanto3社 「トウモロコシ・ストーバー利用に関する共同研究」(2008/8/26)
http://news.monsanto.com/press-release/adm-deere-monsanto-collaborate-corn-stover-research (最新のURLに修正しました。2014年8月) 

米国農務省・農業研究局 「トウモロコシ・ストーバーの土壌保全効果研究」 (2007/4/25)
http://www.ars.usda.gov/is/pr/2007/070425.htm?pf=1

Chapotin & Wolt (2007) Genetically modified crops for the bioeconomy: meeting public and regulatory expectations. Transgenic Research 16:675-688.
(バイオ原料としての遺伝子組換え作物:市民と規制政策への適合)

Graham et al. (2007) Current and potential U.S. corn stover supplies. Agronomy Journal. 99:1-11.
(米国におけるトウモロコシ・ストーバー供給の現状と将来の可能性)

Barney & DiTomaso (2008) Nonnative species and bioenergy: Are we cultivating the next invader? BioScience 58(1): 64-70.
(侵入種とバイオエネルギー:我々はさらなる侵入植物を栽培するのか?)

Krapu et al. (2004) Less waste corn, more land in soybeans, and the switch to genetically modified crops: trends with important implications for wildlife management. Wildlife Society Bulletin 32:127-136.
(収穫後のトウモロコシ穀粒の減少、ダイズ栽培面積の増加、遺伝子組換え作物への転換:野生生物管理にとって重要な意味を持つ傾向)

情報:農業と環境87号、GMO情報:バイオ燃料と遺伝子組換え作物−トウモロコシの連作を可能にした技術
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/087/mgzn08707.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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