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情報:農業と環境 No.105 (2009年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 混迷深まるEUの組換え作物承認システム 〜科学的根拠とともに地域事情や経済要因も考慮〜

昨年(2008年)10月29日、欧州食品安全機関(EFSA)(欧州連合(EU)のリスク評価機関)は、欧州委員会(EUの行政府)の環境担当委員(環境大臣) Stavros Dimas 氏(ギリシャ選出)から出されていた 「2つのBtトウモロコシ(Bt11とTC1507)の栽培を承認しない」 とする科学的根拠を審査した結果を発表した。

農業と環境94号でも述べたように、「栽培しても人・動物・生態系への安全性にリスクはない」と判断したEFSAの結論を覆すような新知見がないことはこの分野の研究者の間では明らかだった。しかし、EFSA の結論は2006年11月に出されたものであり、それ以降に発表された新知見の科学論文ということで、欧州委員会は EFSA に再評価を命じた。EFSA は20人以上の研究者を動員し、3ヶ月かけて11本の科学論文を精読・審査した。

結果は 「11本の論文のいずれにも、リスク評価の結論を変更するような新知見は認められない」 である。

11本の科学論文

EFSA が再評価した新たな科学的根拠とは、以下の11論文だ。

(1) Prasifka et al. (2007) Environ. Entomol. 36: 228-233. 「オオカバマダラ幼虫の移動行動に対する Cry1Ab トキシンを発現するトウモロコシ葯(やく)の影響」

(2) Hilbeck & Schmidt (2006) Biopesticedes International 2:1-50. 「Btタンパクに関するもう1つのレビュー」

(3) Rosi-Marshall et al. (2007) PNAS USA 104:16204-16208. 「組換え作物の生産物中のトキシンは河川上流域の生態系に影響するかもしれない」

(4) Faria et al. (2007) PLoS ONE 2: 1-11. 「アブラムシに対するBtトウモロコシの高い感受性によって、鱗翅(りんし)目害虫の寄生蜂の寄生能力が高まる」

(5) Nyuyen & Jehle (2007) Journal of Plant Diseases and Protection 114: 82-87. 「組換えBtトウモロコシ(MON810)における Cry1Ab トキシン発現量の季節別と植物器官別の定量評価」

(6) Douville et al. (2007) Ecotoxicol. Environ. Safety 66:195-203. 「水域におけるBtと組換えトウモロコシ遺伝子(cry1Ab)の確認と存続」

(7) Mulder et al. (2006) PLoS Computational Biology 2:1165-1172. 「組換え作物は土壌微生物群集に影響を与えるか?」

(8) Rose et al. (2007) Apidologie 38: 368-377. 「Btトウモロコシ花粉のミツバチへの影響: 評価手順書開発の強調」

(9) Johnson et al. (2007) Trends in Plant Science 12(1): 1-5. 「組換え作物による科学的リスク評価はより広いリスク解析とどのように適合するか?」

(10) Andow & Zwahlen (2006) Ecology Letters 9:196-214. 「遺伝子組換え植物の環境リスクを評価する」

(11) Butler et al. (2007) Science 315: 381-384. 「農耕地の生物多様性と農業による影響」

今回問題となったBtトウモロコシ(Bt11 と TC1507)は、いずれも鱗翅(りんし)目害虫抵抗性と除草剤(グルホシネート)耐性の性質を持っており、Bt11 は Cry1Ab トキシン、 TC1507 は Cry1F トキシンを発現する。ところが、上記の11論文で TC1507 トウモロコシを扱った論文は1本もなかった。Bt11 に関しても2本((4)と(8))だけであり、(11)は、Btトウモロコシではなく、除草剤耐性作物を扱った論文である。それでも EFSA は 「他のBtトウモロコシ(MON810 と Bt176)も Bt11 と同じ Cry1Ab を発現するので、参考にはなる」 として11本の論文を審査した。

それぞれの審査結果は以下のとおりだ。

(1) 室内の閉鎖環境での試験結果。論文の著者も「野外の開放条件でも同様の結果が得られるか検証が必要」と述べている。

(2) 著者らが行ったクサカゲロウへの影響に関する実験は限定された室内試験。その後行われた多くの室内や野外試験からは悪影響は報告されていない。これらの論文を十分引用せず偏っている。

(3) 葉や花粉の Cry1Ab トキシン濃度を測定しておらず、トキシン濃度とトビケラ生存率の定量的関係を示していない。実験方法に不備があり、野外での悪影響には結びつかない。

(4) Btトウモロコシでは殺虫対象外のアブラムシが増え、アブラムシの出す甘露(かんろ)をエサとする寄生蜂(天敵)が増えるという室内試験で、悪影響を示したものではない。

(5) Cry トキシンの濃度が植物部位や栽培条件によって変動するのは当然のこと。最大値でも変動の範囲内である。

(6) 河川水から微量のBtトキシンが検出されたが、非標的生物への悪影響を調べていない。

(7) 鉢植えの限定条件で行った試験で、わずかに見られた土壌微生物相の変化も一時的ですぐ回復している。

(8) ミツバチの発育・成長の一部に差異が見られたが、全体として悪影響は認められない。

(9) 総説であり、個々のリスクを指摘したものではない。

(10) 総説であり、今後のリスク評価方法の改善点などを指摘したもの。

(11) 除草剤耐性作物の栽培による、農耕地での雑草相や小動物・鳥類への影響(変化)を論じたもの。

研究者が論文を学会誌に投稿すると、匿名の審査員によって査読され、誤りや論理の不備を厳しく指摘される。今回の11本の論文を根拠とした主張を学会誌に投稿したならば、「引用文献が間違っている」、「文献ではそんな結論を示していない」、「室内試験の結果だけから、論理が飛躍している」、「他にも多くの研究がなされているが、それらを参照していない」 と指摘され、おそらく学会誌への掲載は認められないだろう。今回欧州委員会からEFSAに提出された科学的主張は、それほどお粗末なものである。もちろん、お粗末なのは11本の論文ではなく、これらの論文を 「栽培禁止」 の根拠として持ち出した側である。

環境閣僚理事会、栽培承認システムに新たな提案

EU全域で栽培承認された組換え作物に対しても、オーストリアやフランスなど数か国は、自国の研究機関が作成した科学的根拠をもとに、栽培禁止を主張している。これらの主張も EFSA によって審査され、「栽培禁止を正当化できるような科学的根拠はない」 と却下される例がくり返されている。2008年2月にフランスから出された栽培禁止の主張にも、上記の11論文が含まれていたが、当然のことながら10月29日付けで EFSA から却下されている。しかし、EU各国の政治家は、自国の研究機関が判断した結論を EFSA が再評価して最終決定を下す、現在のシステムそのものに不満を持っているようだ。2008年12月4日のEU環境閣僚理事会(加盟27か国の環境担当大臣で構成)は、組換え作物の栽培承認にあたり新たな5つの提案を採択した。

(1) 環境影響評価と栽培承認後のモニタリングを強化する。害虫抵抗性作物の非標的生物への影響とともに、除草剤耐性作物の除草剤使用による環境リスクも評価し、中長期的な環境影響評価法を改善する。

(2) 商業栽培による社会・経済的要因について考慮する。

(3) 現在の EFSA による評価・審査だけでなく、各国の審査機関も正式に参画させ権限を与える。

(4) 栽培用種子における組換え体の混入許容率を決める(食品での表示対象は0.9%以上と決められているが栽培用種子については未定)。

(5) 生態系や地域特有の農業体系において重要な地域を考慮する。これらの地域では、関係者の任意の自主協定により、GMOフリーゾーン(組換え作物を栽培しない地域)の設置も可能とする。

混迷はさらに深まる

環境閣僚理事会は、今回の提案によってリスク評価の方法が改善され、加盟各国の市民が抱く組換え作物への不安にこたえるとともに、国際的立場を考慮した(輸入)承認作業の促進につながると述べている。ほんとにそうだろうか? いくつかの問題点が浮かぶ。

提案(2): EUに限らず、今まで世界各国の組換え作物の安全性審査は科学的知見をベースに行われ、審査や承認結果に異議をとなえる場合も、科学的証拠の提出を必要としている。ここで言う科学とは、食品・飼料の安全性、環境・生態系への影響のいずれでも、生物学・生態学・薬物学・医学などすべて 「自然科学」 である。12月4日の環境閣僚理事会では、すぐに社会・経済的要因も承認の判断基準として採用すべきとは言っていない。組換え作物の商業栽培によるコストとベネフィット(費用対効果)に関して、社会・経済的要因を取り入れた研究事例の情報を収集し、2010年6月までにEU委員会、EU議会に報告書を提出するよう求めている段階だ。社会・経済的要因をどの程度考慮するのか、あるいは今までのように考慮しないのかは2010年の報告書待ちということになるのだろう。

提案(5): 交雑可能な近縁野生植物の分布地や、組換え作物が拡散して自然生態系を攪乱(かくらん)するおそれのある地域での栽培禁止は理解できる。しかし、地域特有の農業体系として価値のある重要地域とは、抽象的で具体的な事例は示されていない。オーストリア・インスブルック大学の Schermer ら(2004)は、自然科学的な分析だけではなく社会・経済的要因も考慮した結果、「アルプス山脈一帯を生物圏保護区としてGMOフリーゾーンに設定することにより、条件不利地での農業発展に貢献する」 と述べている。この論文では、組換え作物にはアレルギー性など健康へのリスクも考えられることをフリーゾーン設置の理由の1つとしてあげているが、おそらく 「地域のブランドイメージ」や「NON−GM作物の方が有利」 と言った経済的意味合いも含まれているのだろう。

提案(3): EFSA だけでなく、加盟各国の機関も安全性審査に参画させ、彼らのデータ・意見も尊重するように求めている。しかし、EFSA に却下された11本の科学論文のように、故意に選択した偏った証拠を持ち出し、「まだまだ未解明な点が多い、もっと時間をかけて詳細な研究が必要」 と主張する科学者・研究機関から、客観的で公正な結論が期待できるのかは疑問である。 EUはこれまで統一されたルールのもとで組換え食品・作物の安全性を審査し承認してきた。今回の環境閣僚理事会の提案は、栽培承認の権限を各国に全権委任するのではなく、あくまで現在のEU統一ルールの枠組みの中での改善と強調している。各国の自主性を尊重しつつ、27か国の連合体を維持するための「妥協の産物」なのかもしれない。しかし、各国の地域事情を尊重し社会・経済的要因も取り入れることになれば、EUの審査・承認システムは今まで以上に複雑になり、生産者にも消費者にも理解しにくい迷路に入り込むのではないだろうか?

おもな参考情報

EFSA(欧州食品安全機関)による11本の科学論文の検証結果 (2008年10月29日)
http://www.efsa.europa.eu/EFSA/efsa_locale-1178620753812_1211902156411.htm

EU環境閣僚理事会の決定 (2008年12月4日)
http://www.consilium.europa.eu/ueDocs/cms_Data/docs/pressData/en/envir/104509.pdf

Schermer & Hoppichler (2004) GMO and sustainable development in less favoured regions, the need for alternative paths of development. Journal of Cleaner Production 12:479-489. (条件不利地域での遺伝子組換え作物と持続的な開発、別経路の開発の必要性)

農業と環境91号、GMO情報: 北米のBtトウモロコシ、農耕地生態系への想定外の影響
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/091/mgzn09107.html

農業と環境94号、GMO情報:オオカバマダラ再び、都合の良い科学的根拠の引用法
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/094/mgzn09405.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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