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情報:農業と環境 No.105 (2009年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 多数の種に対する多数の化学物質の同時毒性評価
(統計的多次元関数関係モデルの利用)

Simultaneous prediction of toxicity of multiple chemicals to multiple species using multi-dimensional functional relationships
Richard M., Michael St. J. W. and Raymond L. C.
Environmetrics, 19, 765-784 (2008)

農業環境技術研究所では、農業生態系を含む農業環境におけるリスクの評価及び管理に向けた研究開発を行っている。ここでは、多数の種に対する多数の化学物質の毒性評価を同時に行うための統計的モデルに関する論文を紹介する。

生態系への毒性研究においては、多様な生物種 (species) に対する数多くの種類の化学物質 (chemicals) の影響を評価しなければならない。たしかに、ある生物種に対する結果を他の生物種について補外して適用することには注意が必要である。しかし一方で、考えうるすべての生物種に対して、すべての化学物質の影響を検定することは不可能である。実際、新規化学物質はわれわれの検定の能力を上回る速度で導入されている。したがって、現在利用しうるデータとモデル化手法を最大限に利用する方法が実用的である。

二つの生物種を考えたとき、毒性を表わす特性値 (たとえば、EC50) の対数値が直線的な関係を示すことが多くの文献で報告されている (EC50は半数影響濃度とよばれ、検定に用いた個体の半数が影響を受ける濃度である)。もし、多数の生物種に対して、複数の化学物質の検定が行なわれている場合は、2種ずつのペアごとに解析するよりも多数の種を同時に解析した方が多くの情報が得られる。

複数の生物種に対する複数の化学物質の毒性試験データが利用できるとして、yij を、第 i 番目の生物種に対する第 j 番目の化学物質の対数毒性値とする。本論文では、次のような多次元関数関係モデルを考えている。

yij = αi + βi ξj + εij     (1)

(1) 式は歴史的に、遺伝子型×環境の相互作用に対する分散分析モデルとして用いられてきたモデルである。ここで ξj は第 j 番目の化学物質に固有な潜在的な毒性である。一方、αi と βi は第 i 番目の生物種に固有なパラメータである。このモデルはパラメータ ξj、αi、βi に関して非線形なので、パラメータの推定値は反復計算を行うことによって求められる。

このモデルでは、生物種と化学物質のすべての組み合わせにおけるデータが完備している必要はない。また解析に用いるデータは、各種の文献に報告されたものを利用することができる。本論文では、10の生物種に対する51の化学物質の毒性試験データを適用例として解析している。データは、各種の文献調査から得られたもので、生物種と化学物質の組み合わせ 10×51=510 通りのうち、182の組み合わせのデータを利用している。10の生物種には、ミジンコ、藻類、魚類、バクテリアなどが含まれている。

潜在的な毒性 ξj を推定することによって、化学物質の順序付けを行うことができるとともに、検定の行われていない生物種と化学物質の組み合わせに対して、毒性を予測することができる。ただし、この手法の適用にあたって、生物種によっては (1) 式の統計モデルが成り立たない場合も有りうるので、モデルの妥当性をチェックしておく必要がある。

(生態系計測研究領域 三輪哲久)

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