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情報:農業と環境 No.105 (2009年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 263: 地球温暖化と農業 (気象ブックス024)、 清野 豁 著、 成山堂書店 (2008年10月) ISBN 978-4-425-55231-3

本書の著者は、農業環境技術研究所において、1980年代の終わりから15年余りの間、温暖化研究に取り組んだこの研究分野の先駆者である。豊富な経験をふまえてまとめられた本書は、温暖化と食料自給が社会問題としてとらえられている今、まさに時機を得た著書といえる。

2007年、気候変動に関する政府間パネル (IPCC) が第4次評価報告書を公表し、アル・ゴア氏とともにノーベル平和賞を受賞、また日本では8月に40.9度の日最高気温が記録されるなど、温暖化への関心が高まるとともに、温暖化が私たちの身近な問題となっている。さらに、2008年7月に開催された洞爺湖サミットでも温暖化対策が主要課題として取り上げられた。このような中、マスコミ等の一連の報道では、温暖化による農業被害の面に焦点があてられていたり、温暖化とおよそ関係がないと思われることまで、温暖化と結びつけて語られている傾向があるようにも感じる。

本書は6章から構成され、『50年後、日本の農業はどうなる!?』というキャッチフレーズの下、地球温暖化が穀物・野菜・果物などの生育にどのような影響を与えるのか、それはプラスなのか? マイナスなのか? を、最新の統計データと最先端の研究成果をもとに解説し、マイナスの影響はどうしたら回避できるかを考察している。したがって、本書は地球温暖化の農業影響について、科学的知見をもとに中立的、客観的な情報を読者に提供してくれている。

第1章では、温暖化のメカニズムについてIPCCの報告書をもとに解説している。とくに食料生産への影響についての日本および世界の取り組みが紹介されている。地球の歴史からすると、約6000年前に、現在より地球平均気温が2〜3度、平均海水位が3〜5メートル高かった「ヒプシサーマル」とよばれる時期があった。このときは数千年あるいは数万年という長い時間をかけた変動であったのに対して、今回はこれからの100年で同じ変化が起きようとしているところから、その影響が懸念されるとしている。そして、温暖化の起こる物理的メカニズムがわかりやすく解説され、IPCCによる温暖化の取り組みの流れと第4次報告書で予測されている影響が紹介されている。

第2章では、作物にはそれぞれの生育に適する条件があり、温暖化によって生じる気温の上昇と二酸化炭素濃度の上昇とに対して、作物がどのような生理的反応をするのかについて解説されている。

第3章では、第2章で解説された気温と二酸化炭素濃度の上昇に対する作物の反応を実験的に調べる方法として、まず人工気象室や温度勾配チャンバーの中で行う閉鎖系施設実験と屋外で行われる開放型大気二酸化炭素濃度増加(FACE)実験が紹介されている。次に、これらの実験やほ場試験で得られた生育データや気象データを解析して、数式化し、コンピュータの中で栽培実験をする作物生育モデルの例が紹介されている。さらに、このモデルを使って将来の作物の生育・収量を予測するための気象データの作成方法が解説されている。

第4章では、日本国内の食料供給の6割を依存している世界の食料生産への影響を、コメ、小麦、トウモロコシ等の主要穀物について、これまでの研究成果をもとに、生産地域と収量の変動に着目して解説している。また、最近得られた屋外でのFACE実験の成果からは、屋内実験で得られていた二酸化炭素濃度増加の効果が、それほど大きくはないこと、今後は水不足にも着目する必要が指摘されている。そして、IPCC第4次評価報告書をもとにした地域・年代ごとの食料生産への影響が、表にまとめられている。

第5章では、日本の食料生産への影響について、現在すでに現れている現象とともに、屋内外の実験および作物生育モデルによって行われた研究成果が、水稲を中心に、小麦、ダイズなどの畑作物、野菜、果樹、茶、牧草の作物別に解説され、さらに土壌、病害虫、雑草、気象等の生産環境への影響についても紹介されている。そして、前章に対応するように、国内の食料生産への影響が、作物・年代ごとに表でまとめられている。

そして、第6章では、わが国における温暖化のメリットとして、東北地域北部から北海道のコメの品質および収量が向上することをはじめ、高冷地での栽培期間の早期化と延伸、施設での資材費や暖房費の節減があげられている。一方、デメリットとしては、東北南部以西の水稲に対する高温障害、病虫害の拡大、雑草の増加をはじめ、作物別に障害の可能性が紹介されている。そして、温暖化の影響を回避するためには、モニタリングによる温暖化影響の把握(monitoring)、緩和策(mitigation)および適応策(adaptation)の取り組みを強化する必要があると指摘している。そして、農林水産省がまとめた当面の対策と長期的な適応策をもとに、作物別に具体的な適応策が解説されている。

本書は、各章のはじめに要約が述べられているほか、豊富な図表や写真、術語解説のコラム、インターネットでアクセスできる資料サイトの紹介など、ややもすると堅苦しくなりやすいこの種の解説に対して、やさしく理解でき、親しみが持てる工夫がなされている。これに加えて、筆者の経験に基づいてかみ砕かれた文章から、農業や農業研究に関心を持っている学生や一般の方、そして農業に携わる方々に、ぜひ、一読をお勧めしたい。

目次

まえがき

第1章 温暖化とは何、そしてその影響は

温暖化とは何 / 温室効果のメカニズム / 温暖化への取り組み / 生態系と食料生産へ予想される影響

第2章 温暖化すると作物はどうなる

温度上昇でどうなる / 二酸化炭素濃度上昇でどうなる / 温度と二酸化炭素濃度上昇でどうなる / 複合要因ではどうなる / まとめ

第3章 食料生産への影響はどのように調べるのか

人工気象室 / 温度勾配チャンバー / FACE(開放型大気二酸化炭素濃度増加) / 作物生育モデルによるシミュレーション / シミュレーションのための気象データの作成法

第4章 温暖化で世界の食料生産はどう変わるのか

世界の穀物生産の推移 / 食料生産地域はどう変わる / 穀物収量と飢餓人口はどう変わる / FACE実験からの新たな提案 / 温暖化で水不足になる? / まとめ

第5章 温暖化で日本の食料生産はどう変わるのか

水稲 / 畑作物 / 野菜 / 果樹 / 茶 / 牧草 / 生産環境 / まとめ

第6章 温暖化の影響は回避できるのか

温暖化のメリット / 温暖化のデメリット /影響を回避する具体的な適応策 / 海外における適応策

あとがき

参考文献

索引

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