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情報:農業と環境 No.106 (2009年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 米国の悩み 中国のためらい 〜安全性未承認系統の微量流出〜

遺伝子組換え作物を食品や飼料に利用する場合、安全性審査が必要で、審査を通過すると 「承認済み系統」 としてリストに載る。しかし、承認を受けていない系統が市場ルートから検出されると、たとえ微量であっても数値にかかわりなく 「安全性未承認系統」 として法律違反になる。昨年(2008年)11月、米国連邦議会の政府説明責任局 (Government Accountability Office)(GAO)は 「試験栽培中の遺伝子組換え作物、連邦行政機関による監視体制の改善」 と題する報告書を発表した。米国はダイズ(92%)、ワタ(86%)、トウモロコシ(80%)の多くが除草剤耐性や害虫抵抗性の組換え作物として商業栽培されているが、これらの作物を中心に新たな形質を導入した組換え系統の野外試験栽培も数多く行われている。米国では小規模面積の試験栽培は届け出制であり、そのほとんどは商業栽培に必要な食品・飼料安全性や環境への安全性承認をまだ得ていない。米国にとって、試験栽培系統の市場(食品・飼料)ルートへの混入防止対策が大きな課題になっている。

6つのトラブル

表 2000年以降に米国で起きた未承認系統の流出事故 (2008年7月現在)

事故名 発見年 作物 おもな導入形質 混入・流出の原因 発見者 経済被害
StarLink2000トウモロコシ害虫抵抗性交雑・収穫後混入第3者機関
Prodigene2002/2004トウモロコシ医薬用交雑・自生発芽農務省
Bt102004トウモロコシ害虫抵抗性種子袋の誤表示第3者機関
LLRice6012006イネ除草剤耐性不明第3者機関
LLRice6042006イネ除草剤耐性不明第3者機関
Event322008トウモロコシ害虫抵抗性調査中開発メーカー

GAOの報告書では、2000年以降に起きた6件の未承認系統流出事故をあげ、その原因、経済的影響などを分析している。未承認系統の輸出市場ルートへの混入には3つのケースが考えられる。

(1) 開発国(輸出側)で承認されたが、輸入国でまだ未承認(承認申請中)。

(2) 開発国で限定利用として承認されたが、輸入国では未承認。

(3) 開発国でも未承認。

(1)は、EU(欧州連合)での輸入承認に時間がかかるため、貿易上のトラブルとなっているが、北米 ・ 南米の穀物輸出業界は未承認系統の栽培を控えたり、船荷を厳しく分別したりするなどの対策をとっている。また2007年9月、千葉で開催されたコーデックス食品規格委員会 ・ バイオテクノロジー応用食品部会では、未承認系統の微量混入について混入許容レベルを設けるなどルール作りをすることが決められた (まだ具体案は決定していない)。(2)は 「スターリンク事件」 (農業と環境98号、GMO情報) のように、飼料用の承認のみで商業栽培が開始され、食品安全性の承認を得ていなかったケースである。飼料用と食品用ルートを完全に分別することは難しいことから、スターリンク事件を教訓に、現在は食品と飼料用の安全性承認を合わせて取ることになっている。問題は(3)の開発国でも未承認の系統であり、(3)はさらに3つのケースに分けられる。

(3-1) 商品化するため安全性承認を受ける予定だが、まだ未承認の段階(申請・審査中)。

(3-2) (3-1) と同時並行で開発され試験栽培されたが、最終的に商品化しなかった。

(3-3) 食用・飼料用ではなく、医薬用や工業用に使用する。

表の Prodigene 社の事故は (3-3) に該当する。医薬用や工業用の組換え作物の安全性承認基準について、米国では現在検討中であるがまだ具体的方向は決まっていない。そのため、最近開発されたバイオエタノール用の耐熱性 αアミラーゼ産生組換えトウモロコシは、混入トラブル回避のため、食品・飼料安全性の承認を申請している。残りの4件( Bt10、LLライス601、LLライス604、Event32)はいずれも (3-2) のケースである。最終的に商品化する系統は1つであるが、開発段階では複数の系統を用いて試験栽培を行い、この中から優良系統を選抜する。形質発現に関与する主要遺伝子は同じでも、プロモーター(遺伝子の転写開始点)や選択マーカーなどが異なれば、核酸レベルでの遺伝子構成が異なるため、それぞれ別の系統として扱われる。試験栽培の途中で商業化が断念された系統は、多くの場合、食品・飼料安全性の申請を行わないので、結果としてこれらは 「安全性未承認系統」 となる。

いずれのケースでも、安全性未承認系統の市場ルートへの流出はあきらかに管理者側のミスであり、その量(程度)や導入遺伝子の性質から、たとえ健康や環境への影響がないとしても、その責任は免れない。GAOの報告書は 「6件の事故のいずれでも、環境や人の健康に実際に被害を与えた例はなかった。しかし、食品安全性未承認ということで、商品の回収、輸入拒否を招き、米国農産物の信用失墜と経済的損害は大きかった」 と述べ、「今後、医薬品用組換え植物の栽培も増加することから、試験栽培中の組換え植物の流出防止に向けた監視体制の改善・強化」 を提言している。担当する行政機関 (農務省動植物検疫局、食品医薬品庁、環境保護庁) への提言は以下の3つである。

(1) 食品安全性の承認を早期に取るように開発メーカーを指導する。

(2) 行政機関は試験栽培中の系統について情報を共有し、連携して監視体制を強化する。

(3) 安全性承認済みで商業栽培された系統についても、モニタリング調査する。

これらの提言に対して、担当機関はおおむね同意し、試験栽培を現在の届け出制から許可制に改める改訂案も検討されている(2009年3月まで改訂案への意見募集中)。しかし、(3)についてはこのようなモニタリングによって未承認系統が検出できるのかなど有効性を疑問視する意見も出されている。

任意の自主検査より強制監視

カナダ・ワーテルロー大学国際政治学部の Clapp (2008) は、GAOの報告書が出される前の7月に 「未承認組換え作物の流出と企業の社会的責任」 と題する論文を発表した。彼女は米国で起きた流出事故のうち、とくに経済的損害の大きかった3件 (スターリンク、Bt10、LLライス601) をあげ、共通する3つの問題点を指摘した。

(1) 開発企業による自主検査で発見されたのではなく、環境市民団体など第3者によって発見された。

(2) 流出の把握から公表までに時間がかかり、生産者や輸出業者の経済的損失をより大きくした。

(3) 未承認系統の識別・検出方法について、企業は最初から十分な情報を開示しなかった。

Clapp は 「現在の米国の試験栽培中の監視体制は企業の自主検査と報告にゆだねている部分が多い。しかし、その自主検査はうまくいっておらず、農務省による監視体制も十分に機能していない」 とし、流出事故による企業の経済的損失 (損害賠償や制裁金) を考えた場合、結局は 「法的措置を伴う厳密な外部機関による監視システム」 を採用した方がよいのではないかと提案している。

米国への輸入品にも監視強化を

海外市場への流出対策に悩む米国であるが、最近(2009年1月)、農務省の内部監査局 (Office of Inspector General) から 「組換え植物・動物の輸入に対する農務省の管理体制」 と題する報告書が出された。「海外でも組換え植物・動物の開発が盛んになっているが、米国に輸入される農産物から未承認の組換え系統を検出しリスクを回避するには、今の米国の体制では十分ではない。輸入される組換え農産物・畜産物の監視・管理体制を整備するべき」 という提言である。指摘を受けた農務省動植物検疫局は、「組換え作物のほとんどは米国で開発され、最初に米国で安全性審査を受けている」、「組換え動物は現在(米国も含め)いずれの国でも商業化されていない」 とし、「未承認の組換え系統が米国に非意図的に流入する危険性は少ない」 とコメントしているが、提言に従い、11月末までになんらかの監視計画案を作成すると回答した。まだ商業栽培は始まっていないが、ブラジルで独自に除草剤耐性組換えダイズの開発が進んでおり、害虫抵抗性Btダイズも米国ではなく南米での利用を目的として開発されているので、今回の内部監察局の提言は的はずれではないかもしれない。報告書では海外での開発の具体例として中国をあげ、「中国は最近、組換え作物の開発予算を大幅に増やし、新しい組換えイネの開発も発表した」 と述べている。

中国の組換えイネ

確かに中国は2005年ごろまで害虫抵抗性Btイネの試験栽培を広い面積で実施しており、耐病性イネの開発も進んでいる。しかし、最近中国政府は組換えイネの商業栽培に関して慎重であり、開始時期も明確にしていない。その理由の一つは2005年春、試験栽培中のBtイネ (Bt63 系統) が欧州に輸出された米製品(ビーフン、ワンタンなど) から微量検出され、製品回収、輸入拒否トラブルを招いたことにあると考えられる。Btイネは中国でもまだ食品安全性承認を得ておらず、当然、EUや日本、米国でも安全性承認の申請は出されていない。中国が自国での消費用のみに組換えイネを栽培する場合、輸出用米製品への混入を完全に防止するか、微量混入に備えて海外でも食品安全性の承認を受ける必要がある。海外での安全性承認、特にEUでは複雑な承認システムのため多くの時間と経費を要することが予想される。一方、海外向けの安全性審査を受けずに、微量混入が検出された場合、市場を混乱させ、輸出市場を失う可能性も想定される。中国が組換えイネの開発には積極的であるが、商業化をためらう大きな理由である。

世界最大の組換え作物栽培国である米国は、医薬用や工業用の組換え植物の栽培も控えており、安全性未承認系統の流出防止が最大の課題になっていると言える。一方、中国のようにこれから食用の組換え作物の商業栽培を計画している国でも、輸出ルートへの混入が大きな制約になっている。これは中国に限らず、国内消費だけでなく、食品の一部が輸出市場に回る可能性のある国に共通する問題だ。未承認系統の商業ルートへの混入は開発者の責任であり、極力防止する必要がある。しかし、少なくとも自国 (栽培国) で食品安全性承認が得られた系統の微量混入 (事故) は、人の健康や生物多様性に影響を及ぼす問題ではないだろう。微量の混入トラブルを懸念して栽培しない (できない) 状態や、微量でも見つかったら全量廃棄といった事態が続くことは、先進国だけでなく、途上国にとっても大きなマイナスである。今後の食糧問題や資源利用を考えると、このような事態は早期に改善しなければならない。

おもな参考情報

米国連邦政府説明責任局 「試験栽培中組換え作物の連邦政府機関による監視システム」 (2008年11月5日)
http://www.gao.gov/new.items/d0960.pdf

Clapp J. (2008) Illegal GMO releases and corporate responsibility: Questioning the effectiveness of voluntary measures. Ecological Economics 66:348-358. (未承認組換え作物の流出と企業の社会的責任:任意対策の有効性を問う)

Ledford H. (2007) Out of bounds. Nature 445: 132-133. (限界を超えて、未承認系統の許容レベル設定の必要性) (2007/01/11号)

コーデックス委員会・第7回バイオテクノロジー応用食品部会の結果概要 (2007年9月28日)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/09/h0928-4.html

米国農務省内部監査局 「組換え植物と動物の輸入に対する農務省の管理体制」 (2009年1月13日)
http://www.usda.gov/oig/webdocs/50601-17-TE.pdf

Stone R. (2008) China plans $3.5 billion GM crops initiative. Science 321:1279. (中国は組換え作物開発に35億ドルの投資計画) (2008/9/5号)

Qiu J. (2008) Is China ready for GM rice? Nature 455: 850-852. (中国は組換えイネを準備中?) (2008/10/16号)

英国食品基準庁 「未承認中国 Bt63 ライス製品の検出リスト」 (2008年7月16日)
http://www.food.gov.uk/news/newsarchive/2008/jul/bt63update

農業と環境98号 「GMO情報: スターリンクの悲劇 〜8年後も残るマイナスイメージ〜」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/098/mgzn09809.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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