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情報:農業と環境 No.107 (2009年3月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 夏の気温上昇と世界の食料生産

Historical Warnings of Future Food Insecurity with Unprecedented Seasonal Heat
David S. Battisti et al., Science 323, 240-244 (2009)

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2007年に公表した第4次評価報告書で、気候システムの温暖化は疑う余地がないと断定した。報告書によれば、今世紀末(2090〜2099年)までの平均気温の上昇は、今後も化石エネルギー源を重視した技術革新が進められる「高成長社会シナリオ」のもとでは4.0℃程度、持続可能性のために世界的な対策が実施される「持続発展型社会シナリオ」においても1.8℃程度と予測されている。

ここでは、温暖化とともに予測される夏の異常高温や熱波の発生と世界的な食料生産について、過去の事例をもとに調査した論文を紹介する。

著者たちは、IPCCの報告書で採用された23の地球規模の気候モデルで将来の夏の気温を予測し、これまでに記録された世界各地の夏の平均気温と比較した。

解析の結果、今世紀末には熱帯と亜熱帯のほとんどで、作物を栽培する季節の平均気温が過去100年間の最高記録を上まわる可能性がかなり高いこと(可能性90%以上)が示された。作物栽培時期における高温は、IPCCがすでに予測している干ばつの発生や海面上昇とともに、これらの地域の農業生産に大きな打撃を与えると考えられる。

温暖化によって温帯での農地面積や収量が増加するので、熱帯や亜熱帯での収量低下は埋め合わせられるという議論があるが、温帯においても、十分な適応策がなければ夏の高い気温の影響を受けると著者たちは述べている。100年に1度の異常気象とされた猛暑が、100年後の温帯地域ではごく普通の現象になると考えられるからである。

たとえば、2003年の西ヨーロッパでの記録的な猛暑は、暑さによる死者が5万人を超え、ヨーロッパ史上最悪の気象災害と言われている。この猛暑は農業生産にも大きな打撃を与え、フランスとイタリアでは小麦、トウモロコシ、飼料、果物の生産が前年より21〜36%減少した。この時期のフランスでの6月から8月の平均気温は長期平均を3.6℃上回っていたが、今世紀末には同じ季節の平均的な温度は現在より3.7℃高くなると予想され、このような暑い夏が普通になるだろう。

また、1972年、旧ソ連の小麦栽培地帯では作物の生育時期に30℃を超える猛暑が続き、穀物生産量が前年を13%下回った。世界各地で異常気象による作物の不作が生じていたところに、旧ソ連が市場の穀物を買付けたことがきっかけで、世界的な食料危機がおきた。この時の気温は100年間の平均を2〜4℃上回っていたが、2050年ころにはそれが普通の気温に、21世紀の終りまでには普通より低い気温になってしまうと予想される。

これらの過去の事例では、ほかの地域からの供給によって食料不足をおぎなうことができたが、温暖化が進んだ将来にはそれは難しくなると著者たちは警告している。今世紀の終わりまでに、多くの地域での平均的な夏の気温が過去100年間の最高気温を超える可能性がかなり高く、世界的な食料不足が心配されるからである。

温暖化に対する適応策として、高温と乾燥に強い作物品種の開発や、さまざまな農業生態系に向けた潅漑(かんがい)システムの開発が重要であり、そのためには遺伝学、ゲノム学、育種学、栽培学、工学の知識を活用しなければならない。過去の事例は、将来の夏の暑さと食料生産への影響についての目安であり、温暖化の予測を無視することは最悪の選択になるだろうとこの論文では結論している。

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