2009年2月27日、(独)農業生物資源研究所との共催、(独)農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センターの後援により、第25回気象環境研究会 「開放系大気CO2増加 (FACE) 実験 −過去、現在、未来−」 を開催しました。
1998年に岩手県雫石(しずくいし)町で開始された世界初のイネFACE実験(雫石FACE)では、野外(開放系)で、大気CO2濃度を人工的に高めた環境でイネを栽培することにより、将来の高CO2濃度環境がイネや水田生態系に及ぼす影響について実証的な研究を行ってきました。雫石FACEでの実験が昨年までで一段落ついたことから、農業環境技術研究所は新たな研究の展開をめざして、FACE試験地をつくば周辺に移す準備を進めています。
この機会に雫石FACEの研究を振り返るとともに今後のFACE研究を議論する場として、この研究会を開催し、115名の研究者やFACE関係者にご参加いただきました。
講演と総合討論の概要は以下のとおりです。
1. Rice FACEのはじまり
小林和彦 (東京大学農学生命科学研究科)
雫石FACEの生みの親である小林氏から、イネのFACE実験の開始に至る経緯についてご講演いただきました。オープントップチャンバーを用いてオゾンによる水稲被害を研究していたころに、留学先の米国で初めてFACEの話を聞いて感銘を受け、帰国後、雫石FACEを主催することになり、さらに最近はFACE装置を利用して再びオゾンの作物影響を研究するという、一連の流れについてお話しいただきました。
2. 雫石FACE実験におけるCO2制御技術
岡田益己(岩手大学農学部)
雫石FACE用に開発され、その後、世界に普及した純CO2放出型FACE装置について、装置の開発者の岡田氏からご講演いただきました。従来型のCO2濃度制御装置は水田では使えないという農学者としての確信、FACEのような実験的研究でのテクニシャンの重要性など、示唆に富むお話でした。
3. FACEに対する水稲の生理・生育・収量応答
長谷川利拡(農業環境技術研究所)
雫石FACEでの研究により、CO2濃度上昇によるイネ収量への影響はどこまで解明されたのかについて、総括していただきました。CO2濃度上昇によるイネの増収は主として生育期前半の成長促進によること、しかし増収効果の年次間差を説明するには稔実(ねんじつ)、登熟過程も考慮する必要があること、増収効果の品種間差の原因は十分には解明されていないこと、高CO2濃度の影響と温度上昇の影響は相加的なことなどの報告がありました。
4. FACEに対する水稲群落の微気象応答
吉本真由美(農業環境技術研究所)
雫石FACEでも、高CO2濃度環境での蒸散量の減少と乾物重(かんぶつじゅう)の増加により水利用効率が上昇することが確認されたが、他作物に比べると影響が小さいこと、蒸散量の減少により葉温が上昇し、飽差(ほうさ)も増加するため、イネの温度・水ストレスの危険性が高まることなどが報告されました。
5. 高CO2環境における水稲病害
小林 隆(東北農業研究センター)
雫石FACEの結果にもとづき、高CO2濃度環境で生育したイネは葉いもち病に感染しやすいこと、高CO2濃度・多窒素条件ではイネ紋枯病が発病しやすいことが報告されました。
6. Quality and Elevated CO2: Big Topic —Many Issues
Mark Lieffering (ニュージーランド、AgResearch)
高CO2濃度環境が植物のタンパク質含量や微量要素に及ぼす影響について、ニュージーランドのヒツジ放牧地でのFACE実験の結果を中心にご報告いただきました。
7. FACE条件における土壌C,N過程
犬伏和之(千葉大学園芸学部)
程為国(農業環境技術研究所)
高CO2濃度環境では、イネ生育後半に土壌微生物バイオマス炭素量が増加すること、根から土壌中に分泌される有機物の増加やイネの茎数の増加によりメタン放出量も増加するが、増加の程度は品種や栽培方法による差が大きいこと、雫石FACEの土壌は炭素含有率が高い黒ボク土のため、高CO2濃度環境の土壌への影響が検出しにくかったことなどの報告がありました。
8. 総合討論 次期作物FACEへの期待
司会: 長谷川利拡(農業環境技術研究所)
コメンテーター: 寺島一郎(東京大学)
深山 浩(神戸大学)
鮫島良次(東北農業研究センター)
矢野昌裕、宮尾光恵、石丸 健(農業生物資源研究所)
對馬誠也(農業環境技術研究所)
イネの遺伝子レベルでの研究や水田生態系の物質循環の研究との連携などについて、活発な議論がなされました。
議論の詳細は省略しますが、総合討論の内容を今後のFACE研究に生かしていきたいと考えています。
小林和彦教授(東京大学)の講演
会場のようす