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情報:農業と環境 No.108 (2009年4月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 一難去ってまた一難 米国ワタ害虫防除作戦の教訓

昨年(2008年)12月、米国農務省農業研究局は「組換えBtワタとカメムシ類大発生の関係解明」のために3年間(2009〜2011年)の研究プロジェクトを開始すると発表した。害虫抵抗性の組換えBtワタはタバコガ類やワタアカミムシ(ワタキバガ)など鱗翅(りんし)目害虫を防除するために開発された。1996年に商業栽培が始まり2008年には米国のワタ栽培の63%がBtワタ品種になり、除草剤耐性品種を含めると86%が組換え品種になっている。南部のコットンベルト地帯を中心に化学農薬散布量の大幅削減という大きなメリットをもたらしたが、最近はカメムシ類やハダニ類など以前あまり問題にならなかった害虫の被害が増えている。これらの害虫種はBt作物では防除できないので、化学農薬の散布が減ると被害が増加するのではないかという懸念は当初からあった。しかし、現在問題となっているカメムシ類の中にはワタ実の内部を腐敗させる黒腐病(くろぐされびょう)を媒介する種(ミナミアオカメムシ)も含まれており、より深刻な問題となっている。ワタ栽培地帯での化学農薬散布の減少は、Btワタの普及だけが原因ではなく、鱗翅目害虫ともに、もう1つの重要害虫であった鞘翅(しょうし)目のワタミハナゾウムシ(英名: cotton boll weevil )の根絶作戦成功も関係しており因果関係は複雑だ。

ワタミハナゾウムシの広域根絶作戦

ワタミハナゾウムシ(Anthonomus grandis)はもともと米国本土には分布していなかったが、1892年に隣国のメキシコから侵入し、ワタ栽培地帯に広がり大害虫となった。米国農務省とワタ生産者組合は1978年から、この侵入害虫の広域根絶作戦を開始した。根絶(絶滅)によって、侵入害虫のいなかった元の状態に戻す防除法は日本でも沖縄など南西諸島に侵入したウリミバエで実施され成功している。ワタミハナゾウムシの広域根絶作戦は、主に3つの防除手段によって実行された。(1) フェロモントラップで害虫の存在を調べ、(2) 害虫が確認された畑では収穫後の残株を破砕し、エサ源や越冬場所をなくし、(3) 必要に応じて殺虫剤を散布する総合的防除作戦である。2番目の残株を破砕する防除法は地味だが大きな効果があり、作戦開始から25年を経た2003年には米国全土でほぼ根絶が達成された。ワタミハナゾウムシ防除に要する殺虫剤散布のコストは大きく、被害の大きかった地域では年12〜15回の殺虫剤散布を1〜2回に減らせるなど、本種の根絶による殺虫剤節減効果はひじょうに大きかった。

病原菌を媒介するミナミアオカメムシ

表 米国の組換えBtワタの普及率 (%)

1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
12 15 19 25 35 37 35 41 46 52 57 59 63
データ:米国農務省統計局(Btと除草剤耐性の両形質を持つ品種を含む)

ワタミハナゾウムシの根絶成功と組換えBtワタの普及拡大は時期が一致する。鱗翅目と鞘翅目の2大害虫の防除に殺虫剤を散布する必要がなくなったので、生産者は当然、殺虫剤散布の回数を減らした。しかし、数年間は特に問題はなかったが、2000年ころから各地でカメムシ類、カスミカメムシ類、ハダニ類など以前はほとんど問題にならなかった害虫の被害が報告されるようになった。特に外見は正常だがワタ実の内部を腐敗させ、収量を10〜15%低下させるワタ黒腐病の発生は過去ほとんど例がなかったため、発病の原因も不明だった。最近、米国農務省ワタ病害研究ユニットの Mendrano ら (2009) によって、ミナミアオカメムシ (Nezara viridula) がワタ実を吸汁した際に病原菌 (Pantoea agglomerans) を媒介し、感染を広げていることが明らかになった。しかし、被害を受けるのは未成熟期の若いワタであり、カメムシに吸汁された部分だけが発病しワタ実全体に被害は広がらない。また、ミナミアオカメムシはワタだけを加害するのではなく、周辺のピーナツやソルガム畑から成虫が移動してワタに被害を与える。農務省の研究プロジェクトでは、これら周辺の作物での発生生態も含めて調査し、カメムシ類防除のために最も効果的な時期に最小限の殺虫剤散布を行う防除法の確立を目指している。

ウイルス病抵抗性ズッキーニでは

ワタ、トウモロコシ、ダイズなどメジャーな作物の陰に隠れてあまり報道されないが、米国ではウイルス病抵抗性の組換えズッキーニ(カボチャの類)も2001年から商品化されている。商業栽培されているウイルス病抵抗性組換え作物はズッキーニとハワイ諸島のパパイヤだけで、いずれも植物体の外皮タンパク質(コートプロテイン)の発現を制御した品種だ。組換えズッキーニは商業栽培開始から6年目の2006年に全米の約13%に普及しているが、コーネル大学の植物病理学者 Fuchs ら (2007) は 「米国全体では最大でも20%程度の普及率にとどまるだろう」 と予測している。組換えズッキーニは、アブラムシが媒介する2つのモザイクウイルス病(ズッキーニYモザイク病とカボチャモザイク病)にのみ抵抗性を示すので、これらの病害を媒介するアブラムシ類への殺虫剤散布は不要である。しかし、野菜や果物は外見や味のわずかな劣化でも商品価値に大きく影響するので、他の病害虫防除のための化学農薬散布は欠かせない。Fuchs らは 「組換えズッキーニ品種でも、殺虫剤・殺菌剤の散布は必要だし、アブラムシが媒介するモザイクウイルス病以外の被害が大きい地域では、生産者はこの品種を採用しないだろう」 と述べている。ウイルス病抵抗性ズッキーニに関しては、「化学農薬の散布が減って、今まで問題にならなかった病害虫の被害が増えてきた」 という報告は現在のところない。Btトウモロコシやワタのように右肩上がりの普及率増加はないものの、組換えズッキーニの長所と短所を見極め、適切な導入と栽培管理が行われているとしたら、組換え作物導入の成功事例と言えるだろう。

米国のBtワタ普及率は2008年に約63%に達し、農薬(殺虫剤)使用量が大幅に減少したと組換え作物推進側はメリットを強調する。一方、他の害虫が増えたため農薬使用量が増加し、最近は経費面でもマイナスになっていると懸念・反対側は反論する。どちらも農薬使用量の減少に組換えBtワタだけでなく、ワタミハナゾウムシの広域根絶作戦が関係していたことにはほとんど触れない。知らないからなのだろうか? あるいは組換え作物の善悪だけが問題で、それ以外の複雑な要因には関心がないのかもしれない。

組換え作物推進・反対両派の極端な善悪論は別として、米国のワタ害虫防除作戦の成功例は、化学農薬を一切使わない有機農業や農薬使用量を従来の半分程度に減らした環境保全型農業にとっても参考となる。限られた狭い面積の畑や水田で、環境保全型農業や有機農業をやっているうちは農薬使用量半減や一切不使用でも、収量や品質に影響せずうまくいくかもしれない。しかし、うまくいくからと言って、その面積を拡大することによって、数年たつと過去には問題とならなかった予想外の病害虫が浮上してくる可能性が高いと筆者は考える。米国のワタ栽培地帯での出来事は農薬使用量を大幅に減らした栽培法を広い面積で長期間続けた場合の警告として貴重である。

おもな参考情報

ワタミハナゾウムシ根絶計画達成 米国農務省農業研究局 (2003/2/7)
http://www.ars.usda.gov/is/pr/2003/030207.htm

カメムシによるワタ黒腐病媒介メカニズムの解明 米国農務省農業研究局 (2009/1/21)
http://www.ars.usda.gov/is/pr/2009/090121.htm

Medrano et al. (2009) Temporal analysis of cotton boll symptoms resulting from southern green stink bug feeding and transmission of a bacterial pathogen. Journal of Economic Entomology 102 (1): 36-42. (ミナミアオカメムシの吸汁によるワタ実病徴と細菌病菌の伝播に関する時間的解析)

Fuchs & Gonsalves (2007) Safety of virus-resistant transgenic plants two decades after their introduction: lessons from realistic field risk assessment studies.Annual Review of Phytopathology 45: 173-202. (ウイルス病抵抗性組換え作物、導入20年間の安全性評価: 実際の野外リスク評価研究からの教訓)

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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