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情報:農業と環境 No.110 (2009年6月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 270: 中国の水環境問題 −開発のもたらす水不足、 中尾正義・銭新・鄭躍軍 編、 勉誠出版(2009年2月) ISBN 978-4-585-03212-0

21世紀は水の世紀と言われている通り、水資源の確保を含めた水の問題が世界各地で重くのしかかっている。中でも中国では、砂漠化の進行や末端湖の消滅、黄河の断流に見られるように水不足が深刻の度合いを深めている。また、急速な経済発展で国民の生活水準が向上する反面、各地で水質汚染等の環境問題が深刻化するなど、その水問題は世界が注視するところである。

本書は、大学共同利用機関法人 人間文化研究機構が2006年に開始した、「地域研究推進事業」として選ばれた「現代中国地域研究」の成果である。日中正常化35周年を記念して2007年に開催された「社会開発と水資源・水環境問題に関する国際シンポジウム」における議論をもとにまとめられた。

三部構成で、第一部は「水資源」、第二部「湖環境」、第三部「環境とアセスメント」である。

第一部水資源では、中央ユーラシアの乾燥・半乾燥地域を取り上げている。黒河では1950年以降、河川の断流、地下水の低下、植生の衰退、末端湖の消滅など、水不足が深刻化している。おもな原因は急速な農業開発によるもので、その後、節水政策がとられたことなどが一部効果を上げているが、地下水の利用増による地下水位の低下など、むしろ新たな問題も生じている。

中国民族発祥の源である黄河は、中国の主要な河川の中でもっとも気候が乾燥し、降水量が少ない地区にある。また、運ばれる流砂量が世界の大型河川の中でも突出して多いという特徴を持つ。水消費は農地の灌漑(かんがい)用が多く、そこでは送水ロスが大きく水利用効率の低い灌漑様式がとられている。過去、黄河の水資源管理は多くの変遷を経てきているが、全流域的な観点に立った流域の総合管理こそが水の問題の克服と流域経済・社会の持続可能な開発のために必要と説明する。

第二部は湖環境で、水質汚染問題である。霞ヶ浦や長江デルタ地帯にある大型の浅い湖である太湖(たいこ)、雲南省のじ[水耳]海(じかい)を例に紹介される。概して生態系が大きく変化してしまったために複雑で、中国もさまざまな対策をとっているが、霞ヶ浦も含め、解決は容易ではなさそうである。

水管理について言えば、時代による条件の違いに応じてさまざまに変遷してきたが、種々の問題が大きく残っている。また、水の供給管理から需要管理へと移行するためには節水型社会の建設が重要で、その意味では最大の需要者である農業に求められるものも大きい。

黄河流域では1990年ころから断流が頻発しているが、水収支では灌漑用に取水された水の量にその前後で大差はなく、原因は農業需要の増大ではなく、流域で大規模に進められている植林活動の結果、樹木により蒸散が増えたためと考えられている。この点については、よりよい環境のために水を使うという視点がクローズアップされた結果であり、流域の水資源を環境のために分配するという思想がその根底にあり、環境の回復や保全が、食料生産とならんで水需要の一大要素となっているという。

マスコミでは都市化や工業化による水の消費量の増大と、被害者としての農村が取り上げられることが多いが、農業サイドにとって効率的利用と水資源管理は死活問題である。中国の水問題は、社会的にも科学的にも複雑であるが、この問題の解決は世界の食糧問題や環境問題の解決と世界の安定に不可欠であり、日中両国の協力が強く望まれるところである。

目次

第一部 水資源

地球環境問題としての乾燥・半乾燥地域の水問題/窪田順平

黄河流域の水資源管理について/宋献方・王志民

中国の水資源管理/陳菁・中尾正義

第二部 湖環境

湖は、どうしたら蘇るのだろうか/高村典子

流入河川による太湖の水質汚染に対する規制と対策/鄭正・柏益堯・銭新・羅興章・崔益斌・左玉輝

太湖の藍藻アオコへの予測と予報/孔繁翔

湖沼富栄養化対策の道/銭新

富栄養化と複合的環境問題/秋道智彌

第三部 環境とアセスメント

長江の水環境問題及びその対策/朱偉

中国における環境アセスメント/色音

持続可能な発展と環境評価/吉岡崇仁

環境問題から始まる倫理の時空的展開/小長谷有紀

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