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情報:農業と環境 No.111 (2009年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 放置された耕作地の炭素

Carbon in idle croplands.
Henebry, G. M., Nature 457, 1089-1090 (2009)

最近、土壌炭素量の増加が気候変動の緩和に役立つことが注目されている。土壌中には多量の炭素が土壌有機物として存在しており、それは植物の遺体が土に還(かえ)ってできたものなので、土壌中の炭素は、植物が光合成で吸収したCO2に由来する。従って、適切な管理によって土壌中の炭素量が増加すれば、その分、大気中のCO が減少した勘定になり、よく知られている「森林吸収源」と同様、土壌もCO の吸収源と考えることができる。

この論文では、「適切に管理」されたとは言えない例であるが、耕作放棄によって土壌中の炭素が増加した(つまりCO を吸収した)例が紹介されている。

論文要旨:ソ連邦の崩壊はさまざまな結果を生んだが、多くの場所での耕作の放棄はその中でも目立つものの1つである。耕作されずに放置された場所では、土壌中に有機炭素が大量に蓄積することになった。(Nature 誌ウェブサイトより)

土壌炭素の増減は、土壌への有機物の投入(植物遺体、たい肥など)と土壌中の有機物の分解による炭素の放出のバランスで決まる。一般に、森林、草地などの自然植生に比べて、農地では土壌炭素含量が低いが、これは、農地では耕起により分解が速まることと、畑の土壌に対する植物遺体としての炭素の投入量が草地に比べて一般に少ないことで説明できる。従って、耕作放棄されて草地になった土地で土壌炭素が増加したこと自体は、当然であり、新しさはとくにない。読者の関心は、増加の程度とその推定手法であろう。

この論文では、土壌炭素の増加量として、生態系の物質循環や作物生育のプロセスモデルの算出結果を紹介している。具体的には、旧ソ連全体で年間800万トンの炭素が吸収されているとしており、他の論文を引用しながら、規模からいうとロシアの森林の炭素吸収量2.7億トン/年と比べるとかなり小さいが、単位面積当たりの炭素吸収量は、年間47g炭素/平方メートルで、森林の年間31g炭素/平方メートルよりも大きいことなどを紹介している。

また、上記のモデルによる推定結果は、耕作放棄される前の土地の管理状態の履歴に大きく左右されることを指摘し、ヨーロッパや北米で近年、セルロースからのバイオエタノール生産や土壌への炭素貯留を目的に耕作地を多年生草本に転換することに関心が高まっているが、その炭素貯留効果を見積もる際には、土地利用や管理の履歴を考慮しなければならないと述べている。さらに、気候変動への適応と緩和のための効果的な土地管理の戦略を立てるには、絶えず変化する土地利用と土地被覆の把握が重要で、衛星観測データが有効なツールであろうと述べている。

日本の耕作放棄地は、40万ヘクタール近くと言われている。その多くでは、耕作されていたときより土壌炭素が増加していると予想できる。そして、その程度は、気候、土壌タイプ、管理の履歴などにより大きく異なるであろう。もちろん農地は、作物を生産するために存在しているのであって、炭素を貯めるために存在しているのではないので、炭素を貯留するために耕作放棄を奨励することはありえない。しかし一方で、耕作放棄についても、それが炭素貯留に及ぼす影響を国レベルで把握できるようにするための研究のニーズはあるだろう。

(農業環境インベントリーセンター 白戸康人)

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