前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数
情報:農業と環境 No.112 (2009年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: ヨーロッパの商業栽培事情−ドイツの中止、オーストリアの提案、スペインの現実

欧州連合(EU)の遺伝子組換え作物承認システムは複雑であり、EU全体として承認されても、各国独自に栽培禁止や輸入拒否宣言する例も相次いでいる。昨年(2008年)12月、加盟27か国の環境担当大臣で構成するEU環境閣僚理事会は 「欧州食品安全機関(EFSA)による科学的判断だけでなく、社会・経済的要因も入れて承認決定すべき」、「EFSA だけでなく各国の審査機関の意見も決定に反映させるべき」 など5項目の提案をおこなった。EUの行政府である欧州委員会と加盟国政府との間で意見がまとまらないのは組換え食品・作物の問題に限らない。しかし、この提案は、生産者や消費者にとって組換え食品・作物をますます分かりにくい 「特別な存在」 にするのではないかと懸念された(情報:農業と環境105号)。今年(2009年)上半期には政治がより前面に出る出来事が2つあった。ドイツの栽培禁止(4月14日)とオーストリアによる 「栽培承認は各国独自の判断でできるよう法律改正を求める」 提案(6月25日)である。

ドイツ栽培禁止の根拠論文

EUで現在、商業栽培が認可されているのは鱗翅(りんし)目害虫抵抗性Btトウモロコシ(MON810)だけで、2008年にはスペイン、チェコ、ルーマニア、ポルトガル、ドイツ、ポーランド、スロバキアの7か国で栽培された。今年の栽培を目前にした4月14日、ドイツ政府消費者保護・食料・農業省のアイグナー大臣は 「Btトウモロコシ(MON810)の栽培による環境へのリスクを示唆する新たな科学的証拠が見つかった」 として緊急栽培停止(セーフガード)条項を発動した。これはEUとして栽培が承認された系統(品種)でも、各国が独自に緊急停止を主張することを保証した 「EU環境放出指令(2001/18/EC)第23条」に基づいている。しかし、セーフガードを発動するにはリスクの可能性を示す新しい科学的証拠の提出が必要である。2008年2月にフランスもセーフガードを発動したが、その際に提出した科学的証拠論文 (オオカバマダラ幼虫の異常行動や河川のトビケラへの影響の可能性) は、その後 EFSA によってリスクを示す科学的証拠ではないと却下されているので使えない(情報:農業と環境105号)。

今回ドイツが提出した主な根拠論文は以下の2つで、どちらも Archives of Environmental Contamination and Toxicology (環境汚染と毒物学) 誌に掲載された。

(1) Bohn ら (2008) 「組換えBtトウモロコシ品種を摂取したミジンコ (Daphnia magna) の適合度の低下」

(2) Schmidt ら (2009) 「室内での環境毒性試験におけるフタモンテントウ (Adalia bipunctata) 幼虫期に対する活性化されたBt導入遺伝子産物 (Cry1Ab, Cry3Bb) の影響」

(1)はノルウェーの研究者グループによるもので、「Btトウモロコシの粉末を混ぜたエサをミジンコに与えると、非Btトウモロコシと比べてミジンコの死亡率や総産卵数が低下し、統計的に有意な差が見られた」。著者らは 「今回の実験でも7〜10日間では悪影響がないが、21〜42日間では悪影響が見られたことから、より長期間の暴露(ばくろ)試験による評価が必要」 と主張している。しかし、実験は3回の繰り返し(反復)を行っているが、非組換え区の死亡率が高い場合もあり、数値のばらつきが大きい。また、このような毒性試験ではBtトキシン(Cry1Ab)の濃度と死亡率の関係を調べ、悪影響がでる濃度が実際の野外条件でも起こるのかどうかを検証することが求められる (1999年のオオカバマダラ事件からの教訓)が、この論文ではこの試験は行われていない。もっとも奇妙なのは実験材料とした組換えトウモロコシの保存法と室内試験の場所である。2003年にフィリピンの農場で栽培されたものを購入し粉砕して袋詰めにしたとあるが、その後、室内試験をフィリピンで実施したのか、ノルウェーに送って自らの研究所で行ったのか書いていない。保存条件(温度、湿度)によって、Btトキシンの活性は大きく変化するので、科学論文では当然明記すべき項目が欠けている。ドイツ政府の中止根拠として有名になる前の2008年3月にこの論文を読んだが、「大事なことが説明されていない不完全なレポート」 というのが私の第一印象だった。

(2)はスイスの研究者グループによるもので、Btトウモロコシではなく、精製したBtタンパク (Cry1Ab と Cry3Bb) を肉食性のフタモンテントウ幼虫に与えて、死亡率、発育期間、体重変化を調査した。Cry1Ab は鱗翅目に、Cry3Bb は鞘翅(しょうし)目昆虫に効果があるが、鞘翅目であるフタモンテントウに有意な悪影響が出たのは Cry1Ab タンパクの方だった。この試験では 「濃度と死亡率の関係」 が調べられているが、トキシン濃度 0(対照区)でも死亡率が高く(14.2%)、実験手法(飼育方法)に疑問が生ずる。また、最大濃度(50マイクログラム)よりも25マイクログラムの死亡率が高いのも気になる。有意な差があったのは死亡率だけで、発育期間や羽化した成虫体重には差異はなかったが、著者らは 「今回の結果から、Btトキシンの寄主特異性とフタモンテントウへの殺虫効果に疑問が生じた」 としている。疑問が生ずるのは彼らの実験方法の方であろう。また、フタモンテントウは肉食性であり、Btトウモロコシの葉や茎や実は食べない。花粉は多少食べることが知られているが、Btトウモロコシ(MON810)は花粉ではほとんどトキシンを発現しないので、野外で実際に悪影響を受けるとは考えにくい。しかし、著者らはこれらの知見を引用した総合的な考察をしていない。

表1 Cry1Ab 濃度と幼虫期死亡率の関係  (Schmidtら、2009)

濃度(マイクログラム/ミリリットル) 1齢期の死亡率(%) 幼虫全期の死亡率(%)
0 (対照区)14.215.8
524.226.7
2544.248.3
5031.735.8

栽培中止を決断したアイグナー農業大臣本人はいざ知らず、周辺の科学者は今回の2つの論文が野外での栽培を禁止する科学的根拠として説得力がないことは分かっていたはずだ。数多いBtトウモロコシ (MON810) に関する科学論文を総合的に判断した結果ではなく、最初から栽培中止を前提に、「マイナス影響の可能性を示唆する」 新しい論文を探し出したのだろう。政府内でもメルケル首相やシャバン教育担当大臣は農業大臣の決定を支持していない。しかし、ドイツの政治・政党構成は複雑である。アイグナー農業大臣はバイエルン州のみの少数地域政党 (キリスト教社会同盟) 所属であるが、2大政党のキリスト教民主同盟 (首相と教育大臣所属)、社会民主党と連立して現政権を構成している。近づく総選挙(9月27日)、その後の政党間の連立構想への思惑などが今回の農業大臣の独断、閣内不統一の背景にあると、Nature News (2009年4月14日) は報じている。

オーストリアの新提案

6月25日の欧州委員会・環境閣僚理事会では、オーストリアなど11か国連名で、「栽培の承認にあたり、社会・経済的要因も考慮すること」、「栽培承認の最終決定は各国独自の判断でできるよう現行のEU環境放出指令 (2001/18/EC) の一部修正を求める」 提案が出された。賛同国は、ブルガリア、アイルランド、ギリシャ、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロベニアの10か国で、オーストリア、ギリシャ、ハンガリーはセーフガードを発動しており、その他の国も商業栽培の実績はない(ポーランドも政府は公式には認めていない)。オランダも3月2日に単独で 「最終決定は各国独自の判断で」 と提案しており、27か国のうち12か国がこの提案を支持したことになる。

25日の環境閣僚理事会では提案の実質的な審議は行われなかった。また理事会で提案が採択されたとしてもEU指令の改正には欧州委員会、欧州議会で多くの手続きが必要であり、成立の見通しははっきりしない。欧州委員会での決定には全加盟国が従うという基本原則 「一つのEU経済圏」 とも対立することから、単に組換え作物の栽培承認だけの問題にとどまらず他に波及する恐れがあり、簡単には進まないだろう。

MON810 再承認

6月30日、EFSA は、現在唯一商業栽培が認可されているBtトウモロコシ (MON810) の食品、飼料、栽培の安全性を再確認した。EUでは組換え作物の商業利用有効期間は10年で、再登録する場合、新たに安全性審査を実施するが、MON810 はさらに10年間の利用が可能になった。セーフガード発動中の国は異議を唱えており、政治レベルでの承認には時間を要するだろうが最終的には欧州委員会の専決事項として承認されることになる。

EUの現実

フランスやドイツなど農業大国で栽培中止が発動され、他の国も厳格な隔離距離や栽培規制を策定するなど組換え作物への抵抗感が高まるEUだが、意外と現実的な面も見られる。2008年にBtトウモロコシを栽培した7か国のうち、スペインが約8万ヘクタールでもっとも多い(表2)。スペインは1998年からBtトウモロコシを商業栽培しているが、非組換え品種との隔離距離は50メートルである。注目すべきはスペインは欧州委員会が各国に命じた 「組換え作物の商業栽培のための共存法」 を策定していないことだ。共存法とは 「今までの慣行農業、組換え作物を栽培する農業、(組換え作物や化学農薬の使用を禁じた)有機農業の3つの形態の農業を生産者が選択する権利を保証し」、「生産現場や農産物市場で混乱なく3つの農業形態が実行できること」 を目的としたもので、栽培時の隔離距離や分別管理法、組換え作物を栽培する際の通知義務、経済的補償などを各国独自に策定することになっている。今までに共存法を作った国の制度は 「共存」 と言うより組換え作物を実質、「作らせない」、「作りにくくする」 ものが多い。スペインは共存法がなくても一定の隔離距離を定めることで、EUの組換え産物表示基準(0.9%)をクリアし、この10年間、生産現場や市場に大きな混乱は生じていない。共存法の対象とする組換え作物は EFSA が審査し、欧州委員会で 「食べても安全、栽培しても環境へのリスクなし」 と承認されたもので、未承認の違法栽培ではない。承認された上でさらに過剰な隔離距離を定め、組換え作物栽培者側にのみ負担を課す制度の方が本来おかしいとも言えるが、各国の判断で栽培禁止を決定できるようになれば、栽培しないと決めた国では 「共存法」 自体が必要ないことになる。

表2 EU各国の組換えトウモロコシの栽培隔離距離と商業栽培の実態

注1 国名の後の * 印は共存法を策定した国(ベルギーは一部地域のみ)(2008年末現在)。
注2 各国の隔離距離は Devos ら (2008) から作成。欧州各国の共存法策定進行状況(欧州委員会 2009年4月2日)で示された数値と異なる国もある。
国名 栽培隔離距離 (m) 2008年商業栽培面積 (ha) 備考
ルクセンブルク (*)8002009年セーフガード発動
ハンガリー (*)400セーフガード発動
ポーランド200(3000 ha)公式には認可していない
ルーマニア (*)2007100 ha
ポルトガル (*)2004800 ha
スロバキア (*)2001900 ha
ベルギー (*)200
デンマーク (*)200
ドイツ (*)1503100 ha2009年セーフガード発動
イギリス110(穀物用)80(飼料用)
スペイン507万9000 ha
チェコ (*)508400 ha
フランス (*)502008年セーフガード(2007年約2万ha栽培)
アイルランド50
オランダ (*)25
スウェーデン (*)25(穀物用)15(飼料用)

トウモロコシの栽培には厳しい姿勢を示すEU各国も、飼料や食品原料として輸入する組換えダイズには現実的な対応をしている。組換えトウモロコシの輸入は、北米・南米で栽培開始されたものの、EUでの輸入承認が遅れ、「未承認系統の微量混入」 による輸入拒否トラブルが散発し、飼料価格の高騰もあってEUの畜産、飼料業界は大きな経済的損失を受けている。しかし、トウモロコシに比べてはるかに輸入依存度の高い飼料・原料用ダイズ (EU全体で約90%) に関しては、承認作業のスピードは速い。今年から北米で栽培開始された新タイプの除草剤耐性ダイズ (バイエル社の AL2704-12 とモンサント社の MON89788 )は昨年秋から年末に相次いで承認され、輸入拒否を宣言する国も現時点ではない。表示制度の厳しいEUでも、組換えダイズやトウモロコシを飼料として生産された畜産・酪農生産物に表示義務はない。Btトウモロコシの栽培を禁止しても国の農業全体としては大きな影響はないが、南米・北米からの飼料用ダイズの輸入が止まったらEU経済は混乱する。その辺の事情は織り込み済みで、組換え作物 (トウモロコシ) の栽培禁止政策(運動)は進行しているのかもしれない。

おもな参考情報

・ドイツの栽培禁止

Abbott A. (2009) Germany bans GM maize. Nature News(2009/4/14)(ドイツ、組換えトウモロコシの栽培禁止)
http://www.nature.com/news/2009/090414/full/news.2009.364.html

Bohn et al. (2008) Reduced fitness of Daphnia magna fed a Bt-transgenic maize variety. Archives of Environmental Contamination and Toxicology 55 (4): 584-592. (組換えBtトウモロコシ品種を摂取したミジンコ(Daphnia magna)の適合度の低下)

Schmidt et al. (2009) Effects of activated Bt transgene products (Cry1Ab, Cry3Bb) on immature stages of the ladybird Adalia bipunctata in laboratory ecotoxicity testing. Archives of Environmental Contamination and Toxicology 56(2):221-228. (室内での環境毒性試験におけるフタモンテントウ(Adalia bipunctata)幼虫期に対する活性化されたBt導入遺伝子産物 (Cry1Ab, Cry3Bb) の影響)

・オーストリアの提案

各国個別の栽培承認提案(欧州委員会広報部 2009年6月25日)
http://www.euractiv.com/en/cap/austria-proposes-gmo-opt-clause/article-183467

・EU共存政策

Devos et al.(2008) Coexistence in the EU, return of the moratorium on GM crops? Nature Biotechnology 26(11): 1223-1225. (EUの組換え作物共存政策、モラトリアムの時代に逆戻りするのか?)

欧州各国の共存法策定進行状況(欧州委員会 2009年4月2日)
http://ec.europa.eu/agriculture/gmo/coexistence/index_en.htm(URL が変更されました。2011年5月)

情報:農業と環境44号(共存政策に関する欧州委員会勧告、2003年7月23日)
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/mgzn044.html#04408

情報:農業と環境105号「GMO情報:混迷深まるEUの組換え作物承認システム〜科学的根拠とともに地域事情や経済要因も考慮〜」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/105/mgzn10509.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事