前の記事 | 目次 | 研究所 | 次の記事 2000年5月からの訪問者数
情報:農業と環境 No.113 (2009年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: ボランティア ―除草剤耐性作物もう一つの課題―

特定の除草剤 (グリホサートやグルホシネート) を散布しても枯れない組換え除草剤耐性作物には、雑草防除の効率化や不耕起栽培を可能にするなど大きなメリットがある。しかし、適切な使用方法、栽培管理を行わないと除草剤を散布しても枯れない抵抗性雑草の出現を招く恐れもある (農業と環境 111号)。もう一つ、除草剤耐性作物で問題となるのが、畑にこぼれ落ちて翌年発芽するボランティア (自生) 作物の存在だ。米国では トウモロコシ → ダイズ → ワタ や、ダイズ → トウモロコシ → ワタ のように毎年異なる作物を栽培する輪作体系が多いが、前年作物のこぼれ種子の発芽割合が高いと翌年作物の初期成長を阻害する場合がある。自生作物は組換え品種の導入前から起こっていた現象だが、機械耕起や土壌処理除草剤によって駆除されていた。しかし、除草剤耐性トウモロコシを栽培し、翌年同じ除草剤に耐性を持つダイズを栽培すると、こぼれ種子から発芽した自生トウモロコシは除草剤を散布しても枯れず、ダイズの生育を阻害する 「有害雑草」 になってしまう。さらに自生トウモロコシが除草剤耐性とともに害虫抵抗性(Bt)の形質も持っている場合、もっと厄介な問題が生ずる可能性が最近指摘された。

トウモロコシ−ダイズ輪作での問題

米国 Purdue 大学の Krupke らは今年(2009年)6月、米国農業学会誌に 「トウモロコシの自生発芽個体は害虫抵抗性管理にとって新たな課題となる」 という論文を発表した。2007年にインディアナ州北部の8つのダイズ畑で前年作物のトウモロコシの自生発芽個体を採取し、ネクイハムシ (コーンルートワーム) の加害程度を調査した。前年に栽培された組換えトウモロコシは MON88017 系統で、ネクイハムシに抵抗性のBt遺伝子 (Cry3Bb1) とグリホサート耐性遺伝子 (cp4-epsps) を発現する。ダイズはグリホサート耐性品種なので、自生トウモロコシ (MON88017) はグリホサートを散布しても枯れない。Krupke らは自生トウモロコシによるダイズの成長阻害よりも、自生個体はBtトキシン (Cry3Bb1) を発現するにもかかわらず20〜30%がネクイハムシ幼虫の被害を受けていることに注目した。正規の MON88017 種子を栽培した場合、ネクイハムシ幼虫の被害はほとんどないことが報告されているので、自生個体での高い被害率として2つの原因が考えられた。

(1) ダイズ畑では自生トウモロコシの密度が低いので、ネクイハムシ幼虫が集中的に集まる。

(2) 自生発芽個体のBtタンパク発現量が低いため、ネクイハムシ幼虫が生き残る。

今回の調査ではタンパクの発現量は測定しておらず、現時点では推測の域を出ないが、(2) の原因として次の3つが考えられる。

(i)   ダイズ畑では窒素(ちっそ)肥料を与えないので、トウモロコシは生育不良のためBtタンパクを正常レベルに発現できない。

(ii)  前年の緩衝区 (抵抗性発達管理のため非Btトウモロコシを植えた区) で栽培したトウモロコシとBtトウモロコシが交雑して、Btタンパクの発現レベルが低い(中間の)自生個体が出現した。

(iii) 正規の交配 (1代雑種) 品種でないため、窒素肥料の有無に係わらず、自生発芽個体ではBtタンパクの発現レベルが低下する。

米国環境保護庁が定めたBt作物の抵抗性発達管理対策では、緩衝区とともにBtトキシンの発現レベルの高い品種を用いて害虫の死亡率を高め、次世代に生き残る個体を極力減らすことをめざしている。Btタンパクの発現レベルが低い不完全な植物体ではBtトキシンに抵抗性を獲得した害虫個体が生き残る割合が高くなり、抵抗性発達を加速させることになる。米国の組換えトウモロコシでは2000年代前半までは害虫抵抗性のBt品種が主流であり、除草剤耐性品種は10%以下だった。しかし、Bt品種と除草剤耐性の両方の形質を持つ品種が次々開発され、雑草防除の効率化と周辺のダイズやワタ畑に散布した除草剤の影響も受けないなどのメリットから、除草剤耐性トウモロコシが急速に普及した (表1)。Krupke らの調査でも、ダイズ畑で前年の自生トウモロコシ (茎高35センチ以上) が出現する頻度は3% (2003年) から12% (2005年) と増えており、グリホサート耐性トウモロコシ品種の普及率との関係が指摘された。彼らは除草剤耐性作物では抵抗性雑草の問題が注目されているが、除草剤を散布しても枯れずに残る不完全な自生Btトウモロコシが、Bt抵抗性害虫の発生源となり、抵抗性管理対策上の問題となる可能性があると警鐘を鳴らしている。

表1 米国の組換え除草剤耐性作物の普及率(%)

データ:米国農務省統計局(トウモロコシとワタはBtと除草剤耐性の両方の形質を持つ品種と除草剤耐性のみの品種の合計。ダイズは除草剤耐性品種のみ)
  2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
トウモロコシ 7 81115202636526368
ワタ46565859606165706871
ダイズ54687581858789919291

ダイズ−ワタ輪作での問題

除草剤耐性作物の自生発芽による作物への直接影響 (成長阻害) もトウモロコシやダイズの後に栽培するワタで報告されている。ルイジアナ州立大の Lee らは2004〜2005年にグリホサート耐性ダイズの自生発芽個体の密度やワタ成長への妨害期間を人為的に変えた栽培実験を行った。自生ダイズの密度がワタ1畝(うね)1メートルあたり1本の低密度ではワタ実収量に悪影響はなかったが、最高密度(1メートルあたり5本)では、2週間妨害されると4%、6週間妨害されると8%、8週間妨害されると20%もワタ実収量が減収した。彼らは、ワタはとくに栽培初期に自生ダイズの影響を受けやすいことから、ワタを栽培する前に自生ダイズを除去する対策をとるべきであると警告している。除草剤耐性作物の自生発芽による直接の影響が農業現場で深刻化しているという報告はまだ多くはない。しかし、南部のワタ研究機関では ダイズ → ワタ、トウモロコシ → ワタ 輪作による除草剤耐性自生作物の影響について、いくつかの調査研究が実施されている。

スマートスタックは洗練されたバイテク技術か?

2009年7月20日、バイテク種子メーカーのモンサント社とダウアグロサイエンス社は、共同開発したスタック品種のトウモロコシ 「スマートスタック (SmartStax)」 の栽培が米国とカナダ政府から承認されたと発表した。スタック (stack) 品種とは、遺伝子組換え品種どうしを通常の掛け合わせ育種法で育成した品種のことで、前述した MON88017 トウモロコシのように、最初からネクイハムシ抵抗性のBt遺伝子とグリホサート耐性遺伝子を発現する品種はスタックとは呼ばない。これはフューズ (fuse) である。スタック品種は今までにも 「除草剤耐性 × Bt(アワノメイガ抵抗性)」 や3つの品種を掛け合わせたトリプルスタック 「除草剤耐性 × Bt1(アワノメイガ抵抗性)× Bt2(ネクイハムシ抵抗性)」 のようにトウモロコシやワタでいくつかの品種が育成されているが、今回のスマートスタックは4品種を掛け合わせたカルテット品種で、地上部の鱗翅 (りんし) 目害虫、地下部の鞘翅 (しょうし) 目害虫、そして雑草の防除に最大の効果を発揮する 「史上初の8つの形質を組み込んだ優良品種」 と開発者側は宣伝している。

表2 スマートスタックの構成 (親品種系統と発現遺伝子)

特性 モンサント社の品種 ダウ社の品種
地上部の鱗翅目
害虫抵抗性
MON89034
(Cry1A.105 + Cry2Ab)
DAS1507
(Cry1F + pat)
地下部の鞘翅目
害虫抵抗性
MON8807
(Cry3Bb1 + cp4epsps)
DAS59122-7
(Cry34/Cry35Ab1 + pat)
除草剤耐性グリホサート耐性(cp4epsps)グルホシネート耐性(pat)

MON89034 の Cry1A.105 は3種類の Cry トキシン (Cry1Ab,Cry1Ac,Cry1F) を融合した人工トキシンで、DAS59122-7 の Cry34/Cry35Ab1 は単独ではなく2つの Cry トキシンが協働して殺虫効果を発現する。8つの形質と言うより8つの導入遺伝子の方が正確な表現かもしれないが、いずれにせよ発現遺伝子の種類は豊富である。開発者側はスマートスタックのおもなメリットを4つあげている。

1.アワノメイガだけでなく、タバコガ類や各種ヤガ類に対しても高い殺虫効果を発揮する。

2.ネクイハムシ類に対する殺虫効果を高める。

3.地上部、地下部ともそれぞれ殺虫作用の異なるトキシンを発現するので、抵抗性発達管理対策の緩衝区の面積を減らせる。

4.2つの除草剤を利用できるため雑草防除の範囲が広がり、抵抗性雑草対策としても有効。

1〜3は科学的に見ても合理的だ。Bt作物の抵抗性発達管理対策として、緩衝区はこの10年間有効に機能してきたと考えられるが、生産者にとっては非Bt作物を一定割合の面積で植えることは作業上煩雑で改善の要望が大きかった。米国環境保護庁は今回承認したスマートスタックでは緩衝区の割合を中西部のコーンベルト地帯で20%から5%に、南部のコットンベルト地帯でも50%から20%に削減することに同意した。種子メーカーも利害は一致しており、非Bt品種の代わりに収量の高い組換え品種を栽培できる経済メリットも強調している。

しかし、4の除草剤耐性品種のスタックには問題がある。確かに同じ除草剤を連用せずに殺草作用の異なるグリホサートとグルホシネートを交互に散布することで、抵抗性雑草の発達はかなり抑制できるだろう。だが、スマートスタック品種のこぼれ種子による自生トウモロコシは、グリホサートだけでなくグルホシネートを散布しても枯れないのだ。ワタではグリホサート耐性とグルホシネート耐性品種が利用されており、ダイズでも2009年からグルホシネート耐性品種の商業栽培が始まった (農業と環境 111号)。除草剤耐性の自生作物は今までほとんどグリホサート耐性品種での問題であり、グルホシネート耐性作物では、グリホサート耐性の自生作物を枯らすことができた。しかし、両方の除草剤に耐性を持った自生作物を駆除するには、新たに別な除草剤か物理的防除手段(耕起)を用いなければならない。

異なる殺虫作用を持つBtトキシンをスタックすることは、殺虫効果の強化とともに殺虫対象範囲を広げるなどの相乗効果が期待でき、種子価格が高くなったとしても生産者にはメリットがある。しかし、除草剤耐性の場合、本来、適切な使用、栽培管理を行っていれば、複数形質の導入は必要なかったはずで、複数の形質をスタックすることにより、むしろ弊害の方が大きくなる可能性がある。幸いネクイハムシ類は日本に侵入していないので、スマートスタックのトウモロコシ品種が将来日本で栽培されることはないだろう。しかし、他国のできごとではあるが、トウモロコシに限らず、除草剤耐性品種では、予想される中長期的影響を見すえて洗練された開発を行う必要があるだろう。

おもな参考情報

Krupke C. et al. (2009) Volunteer corn presents new challenges for insect resistance management. Agronomy Journal 101(3): 797-799. (トウモロコシの自生発芽個体は害虫抵抗性管理にとって新たな課題となる)

Lee D.R. et al. (2009) Glyphosate-resistant soybean interference in glyphosate-resistant cotton. Journal of Cotton Science 13: 173-182.(グリホサート耐性ダイズの自生発芽によるグリホサート耐性ワタ栽培への妨害程度)

「スマートスタック (SmartStax)」トウモロコシ、米国とカナダで栽培承認(2009年7月20日)http://news.monsanto.com/press-release/monsanto-dow-agrosciences-complete-us-and-canadian-regulatory-authorizations-smartstax(最新のURLに修正しました。2014年9月)

農業と環境 111号 「GMO情報:除草剤抵抗性雑草 正しく使えば問題なし」 http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/111/mgzn11108.html

(生物多様性研究領域 白井洋一)

前の記事 ページの先頭へ 次の記事