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情報:農業と環境 No.114 (2009年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

国際シンポジウム 「土壌有機物の動態−土地利用、管理形態、地球環境変動」(7月、米国) 参加報告

2009年7月6日〜9日に米国コロラドスプリングスで開催された International Symposium on Soil Organic Matter Dynamics: Land Use, Management and Global Change (ページのURLが変更されました。2015年1月) (土壌有機物の動態−土地利用、管理形態、地球環境変動) という国際シンポジウムに参加しました。

土壌有機物研究は、歴史的には、土壌肥沃度との関連で研究され、その後、農薬など有害物質の挙動という観点からも研究が進んでいます。また近年では、地球温暖化を背景に、土壌有機物は大きく分けて3つの点で注目されています。1点めは、土壌有機物は、陸域で最大の炭素プールであるため、気候変動や土地利用・管理の変化により土壌有機物の分解が加速されると、大気中CO濃度がさらに上昇して温暖化が加速するという懸念があること。第2点は、土壌有機物の中には数百年から数千年以上も蓄積しているものもあるため、土壌中に有機物を中・長期的に隔離する可能性。そして3点めは、土壌有機物は陸域での炭素や栄養塩の循環の要(かなめ)であり、その動態は、植物の生産性や温室効果ガス生成にかかわる土壌微生物の活動を制御するという点です。

この会合を主催したコロラド州立大学・自然資源生態学研究室は、生態系科学 (生態系の構造や物質循環過程が、気候、撹乱(かくらん)、管理条件などによってどう変化するかを研究する学問) で世界をリードするグループの一つで、生態系物質循環モデルとして世界的に有名な Century Model を作ったことでも有名です。テーマを土壌有機物に絞ったこの会合に、米国を中心に世界から約200名もの研究者、学生が集まりました。農環研からは私のみですが、日本からは私のほかに4人の参加者がありました。

開催地のコロラドスプリングスはコロラド州第ニの都市で、もともとはゴールドラッシュで栄えた町でした。会合は、郊外のホテル付きの会議場で行われ、ほとんどの参加者が寝食をともにして親睦(しんぼく)が深められるようになっていました。初日は野外巡検で、1か所はコロラドの代表的な土壌系列の見学、もう1か所は風力発電などを行っている国立(エネルギー省)の再生エネルギー研究所の見学でした。私は前者に参加し、4000m級の山の標高傾度に沿った(気温変化に伴う)土壌生成について学びました。Pikes Peak は富士山より高いのに、頂上まで舗装道路と鉄道が通っていました。酸素が薄く、肌寒い頂上で、オートバイに乗ってやってきたイージーライダー的な人や観光バスで来たTシャツ・サンダル姿の人たちと一緒に、地平線に広がる人為撹乱のない山々を見渡しながら、アメリカを実感しました。

研究発表は2日目から始まりました。午前中は共通セッション、午後はテーマを分けた3つセッションという構成で、土壌有機物について多くの側面に関するセッションが組まれていました(下図参照)。招待講演者は、最近 Nature 誌などに影響力のある論文を発表した研究者が多く、一般講演者としては若手研究者が多かった一方、欧米以外の国の研究者にも講演の機会を与えており、開催者の国際性への配慮を感じました。同時に、発表の質は玉石混淆(ぎょくせきこんこう)という印象を受けました。

プログラムの概要

初日

 朝 −16:00 フィールドツアー (土壌生成または再生エネルギー研究所見学)

17:00−18:00 主催者挨拶、キーノート講演 (過去200年の土壌有機物研究から20年後を考える)

    夜    夕食 (バーベキュー & ライブ音楽)

2日目

  8:00−12:00 気候変動と土壌有機物動態

13:30−17:00 窒素と土壌有機物動態 / 灌水(かんすい)、有機質、高山、高緯度土壌における土壌有機物動態 / バイオ燃料、土壌有機物、温室効果ガス収支

3日目

  8:00−12:00 土壌有機物、撹乱、耕起

13:30−17:00 土壌有機物と土壌深度:炭素・窒素バランスの制御 / 温室効果ガス収支計算のための土壌炭素の定量 / 土壌有機物:グローバルおよび地域スケール

4日目

  8:00−12:00 土壌有機物キャラクタリゼーション手法の発展:最新手法が土壌有機物動態について語ること

13:30−15:30 2030年における土壌有機物と土壌有機物研究

私は、土壌有機物の蓄積メカニズムの一因とされる、鉄・アルミニウムと有機物の相互作用を評価する手法開発についてポスター発表を行い、4、5人の研究者と有意義な議論ができました。この研究は、有機物施用管理が土壌炭素の長期動態へ及ぼす影響の評価に応用できると考えています。

この会合で多くの人の関心をひいた発表の一つは、農耕地における不耕起管理が土壌炭素貯留に及ぼす影響についてのレビューでした。不耕起は、表層において土壌炭素濃度を高めるため、農耕地における炭素隔離技術として注目されています。しかし、60cm深まで考慮すると、炭素貯留量は減る場合も多く、むしろ耕起された土壌の下層(の微細土壌構造内に)高い炭素蓄積が見られるというレビュー結果でした。その原因として、耕起によって植物残渣(ざんさ)の一部が下層に移動し、土壌微細鉱物との相互作用、あるいは土壌構造や水・温度条件の変化により分解が抑制されている可能性が指摘されました。土壌で炭素隔離を行うためには、土壌有機物分解・蓄積過程の詳細な理解が重要であることを示すよい例だと思われます。

そのほか、土壌有機物分解の温度依存性の制御因子についての議論、下層に数千年スケールで安定化された土壌有機物の一部は、グルコースなどの易分解性炭素の添加によって急速に分解が進むという報告、シンクロトロン光を利用しナノスケールでの土壌有機化合物と無機成分の空間分布を調べた最新の報告など、興味深い発表が多数ありました。

最終日の最終講演は、上述の Century モデル開発者の一人である David Schimel 博士でした。野外観測から地球規模でのモデリングまで非常に活発に研究をしている世界的な生態学者が、国の環境政策に積極的にかかわっていることを知り、感銘を受けました。地球環境変動と生態系応答を予測することの難しさ、単純化の危険性、予測精度向上のための長期研究の重要性について何年も政治家や官僚に説明にまわり、気候変動、土地利用、外来種が生態系に及ぼす影響の評価を目的とする全国規模の長期モニタリングプロジェクト(National Ecological Observatory Network、最低30年は継続)が開始されたとのことです。

なお、この会合は2007年7月にフランスで開催された「農地生態系における土壌有機物の動態」国際シンポジウムの第2回にあたります。2011年夏には第3回の会合がベルギーで行われるとのことです。土壌有機物に関心のある方にはとても勉強になる会合ですので、ぜひ参加をお勧めします。次回の会合では、もっと多くの日本人の講演を期待したいです。

シンポジウム参加者(集合写真)
 シンポジウム最終日の集合写真
(写真をクリックすると大きいサイズで表示されます)

和穎朗太(物質循環研究領域・任期付研究員)

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