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情報:農業と環境 No.114 (2009年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第8回世界大豆研究会議 (8月、中国) 参加報告

8月11日から15日まで、中華人民共和国(以下中国)の北京にある北京国際会議センター(写真1)で開催された "第8回世界大豆研究会議 (World Soybean Research Conference VIII (WSRC VIII)) (対応するページが見つかりません。2011年1月)に参加しました。

北京国際会議センター(写真)

写真1 会場となった北京国際会議センター

会場は、2008年に開催された北京オリンピックのメインスタジアム、通称「鳥の巣」(写真2)の近くでした。昼間は約37℃の猛暑が続いていましたが、夜は少し涼しくなり、ライトアップされた「鳥の巣」のまわりには露店が出て、観光客でにぎわっていました。

この会議は、その名の通り世界の大豆研究者が集う国際会議で、5年に一度開催されています。今回は世界38の国から2176人のダイズ研究者が参加し、ダイズの遺伝資源、遺伝育種、バイオ技術、栽培生理、生産管理、野生種の保全、貯蔵と加工、需要と貿易政策などを議題として交流、討議が行われました。 開会式には中国農業省の担当者が出席し、金属模様の門が開き、スモークの中にレーザー光線が飛び交うなど、派手な演出がなされ、テレビでもニュースとしてとり上げられ、国をあげての歓迎ぶりをみせていました。

北京オリンピックメイン会場(写真)

写真2 ライトアップされた北京オリンピックメイン会場

私は、遺伝子組換えの国際会議などで日ごろから交流のある上海の復旦(Fudan)大学の Lu 博士から依頼され、2008年にプレスリリースした遺伝子組換え(GM)ダイズとツルマメの交雑試験の結果について、「ほ場条件下におけるGMダイズからツルマメへの遺伝子流動-保全におけるその意味」というタイトルで口頭発表をしました。同じくダイズやツルマメの交雑研究を行っているアメリカ、ロシア、中国の研究者から多くの質問を受けるとともに、彼らと交流できたことは、今後の研究に大いに役に立つものと思います。

ロシアのダイズ研究者 Dr. Dorokhovと筆者(写真)

写真3 ロシアのダイズ研究者 Dr. Dorokhov(右)と筆者(左)

農業環境技術研究所からの参加者は私一人でしたが、作物研究所、農業生物資源研究所、北海道大学、東京農工大学、佐賀大学など日本から多くの参加者がありました。開催国である中国、米国に次ぐ3番目の勢力で、日本のダイズ研究が盛んであることがわかります。そのような国際的に活躍している日本の著名なダイズ研究者と親睦(しんぼく)を深められたのも、この会議の意義の一つでした。

また、私の今回参加のもう一つの目的は、外からはなかなか見えない中国のGM作物研究について情報を得ることでした。2008年7月に温家宝首相が「国家が食料問題を解決するためには遺伝子組換えのような重要な科学技術手法が必要」と大号令をかけ、12年間で35億ドル(約3500億円)をGM作物の研究開発に投資するという情報を得ていましたので、実際にどのような研究が行われているのか、この会議でその進捗状況を調査したり、直接中国の研究者に聞いてみたりしようと思っていました。上記予算による研究プロジェクトは、2009年4月に始まったばかりということで、まだ情報は得られませんでしたが、ダイズ分野での背景について知ることができました。

中国は年間4000万トンのダイズを消費していますが、国内では1700万トンしか生産しておらず、残りをブラジル、アメリカなどからのGMダイズの輸入に頼っています。そのため収量、品質ともに海外製品に負けないダイズを早急に開発し、普及させようとしています。研究者によれば、競争力のある国内のGM品種ができるまでは、海外のGMダイズには栽培の認可を出さない方針であろうこと、国内の育種の方向は、油分含量の高いダイズや各種の病気に耐性をもった品種、乾燥などの不良環境に耐性をもった品種を、現在中国が保持している多くのダイズ資源をもとに、海外への留学から帰国した研究者も加えて、バイテク技術を駆使し開発しているということでした。方向性が定まれば、国家として一丸となってそこへ突き進む中国、かける人数の多さと巨大な予算では、とても日本が太刀打ちできないと感じました。

ホテルからみた北京市街(写真)

写真4 ホテルからみた北京市街

今回、個人的に印象を強く持ったのは、学会だけでなく、北京の空に象徴される環境についてでした。空港に到着した初日は、前日に雨が降ったために青空が見えていましたが、翌日からは日ごとにスモッグのせいで空は灰色に変わっていきました(写真4)。また、街を歩くと、思いこみもあるかもしれませんが、のどが「イガイガ」してきました。アレルギーの子供が増えつつあるという話も、ある研究者から聞きました。

また、中国各地の野生ダイズを探索している研究者からは、「黄河の水が下流では少なくなってきており、途中で河がなくなる時期が来るかもしれない」という話も聞き、中国では、何が起こっているのだろう? 人々の健康は大丈夫なのか? 国民がお金持ちになることを最優先にその他のものが切り捨てられているのではないのか? と疑問が次々と浮かんできました。8車線の整備された道路では1000万円以上の高級車を何台も見ることができましたが、道ばたでは、一本15円のアイススティックや瓜(うり)を売っている人たちもいました。いずれ中国はGNPで日本を抜くといわれていますが、環境がないがしろにされている現在の状況、大きな貧富の差、これを発展と呼べるのだろうかと思いつつ帰国の途についたのでした。

(生物多様性研究領域 吉村泰幸)

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