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情報:農業と環境 No.114 (2009年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: 最初の一歩と最後の一手、組換え植物の野外隔離ほ場試験

今年(2009年)2月17日と3月25日に 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)の施行状況の検討について」 と題する検討会が環境省主催で開催された。2004年2月にカルタヘナ法が施行されてから5年。法律の附則第7条で 「法律施行後5年で施行状況を検討し、必要ならば法令改正などの措置を講ずること」 とあり、これに基づき、植物、微生物、医薬、法律など各分野の専門家による検討が行われた。パブリックコメント(意見募集)を経て検討結果の最終報告書が8月28日に環境省から公表され、「法令改正の必要はないが、いくつか改善を要する点がある」 と指摘された。とくに指摘が多かったのは、組換え植物(作物)の第一種使用(野外での栽培試験)に関するものだった。

隔離ほ場試験の承認件数

検討会では資料として2004年以降に申請された 「隔離ほ場」 での栽培試験の承認件数が示された。隔離ほ場試験とは、実験室・温室(閉鎖系)での栽培実験で導入遺伝子の形質発現や安定性にある程度めどのついた組換え植物を、初めて野外(開放系)で栽培する試験で、場所と期間が限定され、申請した場所や期間以外の栽培は認められない。ごく限られた場所での小規模栽培であるが、野外での栽培ということで、カルタヘナ法によって第一種利用(野外栽培)の可否が事前に審査され承認(あるいは不承認)となる。隔離ほ場試験の申請先は、農作物・林木分野(農林水産省・環境省主管)と研究開発分野(文部科学省・環境省主管)の2つあるが、両分野で承認された件数を比較したのが表1である。2〜3月の検討会の段階では研究開発分野6件に対して、農作物・林木分野45件だった。

検討会では委員から 「学術研究を目的とした申請が産業利用目的の申請と比べて極端に少ない。研究目的の申請がしにくい状況にあり、研究の妨げになっているのではないか」 という意見が出された。これらを踏まえて、最終報告書では 「場所・期間を定め管理された場所で行う研究目的の隔離ほ場試験と一般ほ場で行う商業栽培では、生物多様性への影響を評価する場合でも、想定される環境リスクの程度は異なる」、「研究開発と産業利用を区別して申請書の評価を行う必要がある」 と指摘された。

表1 2004〜2009年に承認された隔離ほ場試験の件数

かっこ内は2004年から2008年までの件数. 環境省2009年8月28日公表の資料1から作成.
研究開発分野6件(6件)(ユーカリ)
農作物・林木分野52件(45件)(トウモロコシ、ダイズ、イネなど9作物)

2つの隔離ほ場試験:最初の一歩と最後の一手

検討会の指摘は適切で合理的なものだが、表1の農作物・林木分野への申請がすべて産業利用目的ではなく、承認件数だけでは比較できない側面もある。表2は申請者別に分けた隔離ほ場試験の承認件数と試験回数だ。農作物・林木分野でも独立行政法人の研究所や大学からの申請が21件(8回)ある。これらの申請は最終的には産業利用を目的としていても、最初の隔離ほ場試験ではまだ研究開発の段階と言える。大学・独法研究所と民間企業の承認件数を比べると、27対31でそれほど差はないが、試験回数は10対29で約3倍の差がある。1回の試験栽培で栽培する件数(系統数)が民間企業では1.1に対し、日本の研究機関では2.7(最大6)と大きな違いがあるのだ。

表2 申請者別の隔離ほ場試験件数(系統数)と試験回数(2004〜2009年)

環境省バイオセーフティクリアリングハウス「各分野における情報」から作成.
申請者   件数  試験回数  1試験あたりの申請系統数(平均)
大学・独法研究所
研究開発分野  6  23.0
農作物・林木分野 21  82.6
27102.7
民間企業
農作物・林木分野31291.1

これは日本の研究機関が申請する隔離ほ場試験と民間企業の申請では、試験の目的とここに至るまでの背景がまったく異なるためだ。表1,2で示した件数は 「イベント(event:正式には形質転換イベント)」 の数であり、組換え生物の承認申請はイベント(系統)ごとに審査される。形質発現に関与する導入遺伝子が同じでも、移入されるコピー数が異なっていたり、プロモーター(遺伝子の転写開始点)や選抜マーカーなどが異なれば、核酸レベルで見た遺伝子構成が異なるため、別イベント扱いになり、申請にはイベントごとのデータ提出が必要となる。

日本の研究機関が申請する隔離ほ場試験は、室内から初めて野外に出し、組換え植物が野外でも目的とした形質を安定して発現するかどうかを検証し、もっとも優れた系統を選抜する段階だ。そのためには多くの候補イベントの中から、最良の系統を選抜する必要があり、最終的に野外で実用化する植物(作物)を温室試験だけで選抜することはできない。とくに環境ストレス耐性や環境浄化作用を持つ組換え植物の場合、野外での検証試験は必須(ひっす)であり、多くの候補系統の中から選び出す必要がある。表2では1回の試験あたりの申請件数は平均2.7(最大6)だが、これでも少ない。もっと多くの系統を野外で試験栽培し、優良系統を選抜する必要があるが、そのためにはイベントごとに、「休眠性」、「発芽特性」、「土壌すきこみ」、「後作への影響」、「花粉特性」 など多くのデータを提出しなければならない。比較対照となる非組換え植物とともに統計検定ができるだけの試験数を閉鎖系の温室栽培で得るのは労力がかかるし、よほど特別な形質を発現する組換え体でない限り、非組換え体との間に差は出ないので、これらの試験データは学術論文にもなりにくい。

一方、民間企業の申請は、青紫色系バラ・カーネーションを開発した日本企業1社を除いて、飼料や食品原料として輸入されるトウモロコシ、ダイズ、ワタなどの申請がほとんどである。これは、日本では実際には栽培しないが飼料・原料として輸入する場合も、国内の隔離ほ場での栽培試験を義務付けているためだ。多くの試験系統の中から最終的に商業化することが決まった系統を申請するため、申請件数は1回あたりほぼ1件であり、申請に必要なデータも海外での蓄積が十分にある。同じ隔離ほ場試験といっても、日本の研究機関はようやく野外に踏み出した 「最初の一歩」 であるのに対して、商業利用(輸入)に向けての 「最終段階(最後の一手)」 である。

最初の一歩へ進むために

日本の植物育種学関連の学会や学術会議からも組換え植物研究に関する阻害要因について意見が出されている。「組換え植物に対する社会的受容が低い」、「一部自治体は独自の栽培規制を作り研究も抑制されかねない」、「隔離ほ場や専用温室の設置が進まない」、「申請手続き作業への負担が大きい」、「野外での環境影響調査は論文や研究業績になりにくい」 等々が問題点としてあげられている。

これらを一挙に解決することは難しいが、野外試験の第一歩である隔離ほ場試験の申請はすべて文部科学省主管の研究開発分野に移し、イベントごとに多くの申請データを提出するのではなく、導入遺伝子が同じ系統については一括して申請できるように働きかけていく必要があるだろう。研究開発分野の生物多様性影響評価検討会(学識経験者による意見聴取会合)は座長を含め全員研究者によって構成されている。科学的には生物多様性への影響(リスク)はないが、「万が一のことを考えて」 とか 「念には念を入れて」、さらなる評価試験や過剰な規制を求めるような非科学的な判断は行わないだろう。もし科学的合理性のない指摘・判断であれば、申請する研究者側も科学的ベースで反論し、代替案を提示するなど、より合理的な審査・評価システムに改善していく努力も必要だ。隔離ほ場試験を経て優良系統が選抜されたとしても実用化(商業化)までにはまだいくつもの関門が待っている(http://www.s.affrc.go.jp/docs/anzenka/basic/roadmap.htm (該当するページが見つかりません。2015年1月) )。最初の一歩に踏み出す段階が大きな阻害要因になっているとしたら、いつまでたっても最後の一手を打つことはできないのではないか。

おもな参考情報

「カルタヘナ法施行5年間の状況と今後の検討事項に関する報告(中央環境審議会野生生物部会・遺伝子組換え生物小委員会)(資料1)」と「パブリックコメントの結果(資料2)」(環境省2009年8月28日公表)
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=11502

遺伝子組換え生物の生物多様性影響評価を担当する各部門別情報(環境省)
http://www.bch.biodic.go.jp/bch_3_2.html

遺伝子組換え農作物開発の道のり(農水省農林水産技術会議)
(該当するページが見つかりません。2015年1月)

(生物多様性研究領域 白井洋一)

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