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情報:農業と環境 No.116 (2009年12月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 土壌溶液中カドミウムの化学形態分析法

Cadmium Speciation Assessed by Voltammetry, Ion Exchange and Geochemical Calculation in Soil Solutions Collected after Soil Rewetting.
J.Y.Cornu et al., Chemosphere, 76, 502-508 (2009)

近年、CODEX 委員会で食品中のカドミウム濃度の国際基準値が制定されつつあり、農業環境技術研究所でも農作物中のカドミウム濃度を基準値以下に抑制するための研究を行っている。有害元素はその化学形態の違いにより、植物への吸収特性や生物への毒性も異なることが知られているが、カドミウムの土壌中での化学形態に関する知見は乏しい。

土壌溶液中のカドミウム化合物のうち、植物への可給性との相関がもっとも高い化学形態は、無機物や有機物と複合体を形成していない単独のカドミウムイオンであると報告されている。しかし、低濃度(10-8 mol/L 以下)でのカドミウムの化学形態を実際に分析した報告は少ない。

電気化学的分析法(ボルタンメトリー法)と陽イオン交換樹脂を用いた分析法(イオン交換樹脂法)は、有機物が高濃度で存在していてもカドミウムイオンを高感度で検出することができ、少量のサンプルでの実験が可能であることから土壌溶液の測定法として適している。この論文では、土壌溶液中のカドミウムをボルタンメトリー法、イオン交換樹脂法および化学計算法(Visual MINTEQ ver 2.51)の3種類の方法で分析し、カドミウムイオンを測定する化学形態分析法(Chemical speciation)としての有効性を比較検討している。

著者らは、工業ばい煙で汚染された農耕地の表土(カドミウム濃度3.8 mg/kg)を分析の対象とした。乾燥後に加水してから、4、8、24、48、96、144 時間後に土壌溶液を採取し、ボルタンメトリー法ではスクリーン状の作用電極を用いて、カドミウムイオンを含む電気化学的に検出されるカドミウム化学形態の成分を定量した。イオン交換樹脂法ではカルシウム型にした陽イオン交換樹脂を土壌溶液に混合し、溶存しているカドミウムイオンと交換して溶出してくるカルシウムの平衡濃度を原子吸光法で測定した値から土壌溶液中のカドミウムイオン濃度を計算した。Visual MINTEQ ver 2.51(http://www.lwr.kth.se/English/OurSoftware/vminteq/)による化学計算法に必要な係数(pH、 種々の元素イオン濃度、有機物濃度など)は土壌溶液を各種の分析装置を用いて実測した値を用い、有機物との親和力などの係数は文献からの値を使用してカドミウムイオン濃度を計算した。

採取した土壌溶液中の有機物濃度は、河川水などの自然水に比べて数十倍と高く、ほぼ100%がフルボ酸であった。3つの分析法で得られた土壌溶液中のカドミウム濃度はそれぞれ異なり、測定値の高い順に、ボルタンメトリー法 > イオン交換樹脂法 > 化学計算法 であった。溶存カドミウム全量のうち48−68%がこれらの分析法で検出された。

ボルタンメトリー法での定量値が他の方法に比べて高いのは、単独のカドミウムイオンと同時に有機物質との複合体カドミウムも検出されるためと思われるが、有機複合体であれば観測されるはずのピーク形状の変形やピーク電位の移動がまったく見られなかった。このことから、土壌溶液中のカドミウム有機複合体は弱い結合形態として存在し、電極表面での反応で解離してカドミウムの単独イオンとして検出される結果であると推定している。

イオン交換樹脂法ではボルタンメトリー法よりもカドミウム濃度が10−20%低く測定されたが、化学計算法よりは20−30%高い値であった。イオン交換樹脂法では土壌溶液中に高濃度で存在するカルシウムの交換反応への影響を修正するとカドミウム濃度は実測値よりも約11%低く見積られた。

また、化学計算法で得られたカドミウムイオン濃度はもっとも低かったが、これは計算に使用している有機物複合体との親和力を表す係数が実際の土壌溶液中のカドミウムの計算に適した値ではなく、カドミウムよりも有機物への親和力が強い銅の実験値からの係数であることに起因すると考えられている。これらの係数をカドミウム用に補正することで計算値は増えて、化学計算式での値とイオン交換樹脂法の値がほぼ一致すると推定している。このように植物への可給態カドミウムとされるカドミウムイオン濃度を定量するには、それぞれの分析法での測定結果を修正することで精度の高い分析値が得られると結論している。

環境中での有害元素の動態や毒性を評価するためには、全量分析では不十分であり、それぞれの元素について精度の高い化学形態分析法の開発が望まれている。自然界に存在する元素の化学種はエントロピー増大への変化の過程にあり、各化学種の中には存在時間が短く、環境の変動に対して不安定なものが多くある。この論文でもボルタンメトリー法測定値の考察で言及しているが、分析法の開発においては、分析時の検出器と化学種との相互作用や試料の保存過程で各元素の化学形態が自然界に存在していたときのものから変化する可能性を検証することが重要である。

(土壌環境研究領域 櫻井泰弘)

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