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情報:農業と環境 No.117 (2010年1月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: リターの分解にともなう窒素放出パターンの予測

Global-Scale Similarities in Nitrogen Release Patterns During Long-Term Decomposition.
William Parton et al., Science 315, 361 (2007)

最近、地球温暖化対策として、森林や農耕地の土壌への炭素蓄積の有効性が検討され、有機物資材の施用が再び注目され始めている。稲わらや堆肥(たいひ)など有機物の施用は、土壌の肥沃度を高めるために古くから行われてきたが、有機物をたくさん入れればそれで良いというものではない。土壌中の窒素成分が多すぎると、硝酸として流れ出して川や地下水を汚染したり、温室効果ガスの一つである亜酸化窒素 (NO) として大気中に放出されたりする場合がある。このような窒素の環境へ流出が起こっては、逆効果となってしまう。有機物の施用による肥沃度の向上(窒素:N)と炭素蓄積(炭素:C)という、二つの効果の関係を同時に評価する必要がある。

Parton ら(2007)によって、リター(植物遺体などの有機物)の分解過程における窒素の有機化と無機化のパターンが、初期のリター中の窒素割合と残存するリターの量によって決まるという実験データが示された。これまでの研究では、たとえば時間や積算気温などを変数として、炭素と窒素の無機化を別々に評価していたが、この論文では、未分解のリターの量と、窒素含有割合との関係を議論している。その結果、気候や植生、土壌の違いに関係なく、初期の窒素含有率が同じリターは、同じようなパターンで炭素と窒素の無機化が起こっていることが示された。

この論文で明らかにされた内容の多くは、土壌肥料研究の成果としてすでに良く知られていた知見と符合する。それゆえ、斬新(ざんしん)な表現方法に感心させられた。この知見は、炭素と窒素の動態を関連付けて解析するための重要なヒントの一つとなるだろう。

<論文の概要>

有機物の分解実験が、熱帯林からツンドラまで7つの気候区分にわたる21地点で、10年間にわたって行われた。窒素含量など化学性の異なる5または6種類の葉リター(落ち葉)と3種類の根リターが1セットとして各調査地に送られ、葉リターは各調査地の地表面に設置され、根リターは地中に埋められた。リターを入れたネットは1年ごとに回収され、リターがどのくらい残っているか、またその成分について調べられた。

地域スケールでの分解速度は、温度や降水量に関する季節性が組み込まれた CDI 指数によって、もっとも良く予測できた。葉や根の分解は、北方林やツンドラなどのように気温が低く乾燥している地域では遅く、温暖湿潤な熱帯林では速い。例外的に、乾燥地域の草原では、CDI 指数で予測されるよりも分解が速かった。

リターの分解速度は、おもに気候要因によって決まっていたが、窒素の有機化や無機化のパターンは、気候やサイトの特徴には関係なく、初期の窒素含有率の影響を強く受けていることが明らかになった。葉リターの場合、リターの残存量と初期窒素含有率によって、すべての森林生態系や湿原、ツンドラで得られたデータの変動の77%が説明できたのである。

窒素の有機化や無機化の経過は、リターの初期窒素含有率のレベルによって大きく4つに分類できた。窒素の高いグループ(1.89%)では式の当てはまりがもっとも良く(r=0.91)、窒素含有率の低いグループ(0.38%)でも47%が説明できた。窒素含有率が中程度(1.02%)や高いものでは、窒素の正味の有機化(微生物がリター外から窒素を取り込むことによる有機窒素の増加)はほとんど見られず、リターの重量が60%になる前に、窒素の正味の無機化(放出)が始まった。窒素含有が一番少ないグループでは、窒素の有機化がもっとも顕著で、窒素の量は平均すると最初の170%にまで増加し、リターの重量が40%になってから正味の無機化が始まった。

これらの解析結果は、有機物の分解における窒素の有機化と無機化のパターンが、微生物の生理機能の基本的な制約に基づいて予測できることを示している。窒素の有機化と無機化が有機物の初期窒素含有率に影響されることは知られていたし、気候や、窒素以外の葉の性質や、土壌条件、微生物の構成などに依存していると考えられてきた。論理的には、分解者である微生物の窒素要求が満たされて初めて窒素の無機化が起こることから、リターが分解される間の正味の窒素流出は、C:N比によって決定されていると考えられる。また、窒素の有機化が起こる際には、環境中の窒素の影響もあると考えられる。広い地域にわたる長期の分解において、リター中の窒素の動態が初期の窒素含有率とリターの残存量によって予測できることが新たに示された。

分解における窒素の有機化や無機化のパターンは同じでも、分解の速さは各地の条件によって異なる。窒素の無機化が始まるまでの時間は、リターの初期窒素含有率が高いほど早く、CDI 指数が大きいほど早い。熱帯では、初期窒素の少ないリターで半年、多いリターで約1か月後に正味の窒素の無機化が始まった。一方、ツンドラや北方林では、初期窒素の少ないリターの場合、無機化が始まるまでに7年もかかったが、窒素の多いリターの場合には、半年ほどで無機化が始まった。

長期間にわたる窒素の無機化は、生態系の生産性において重要な役割を果たしている。窒素の無機化を左右する要因についての理解を深めることにより、地球全体あるいは地域のスケールでの炭素循環の予測の改善にもつながるだろう。

(物質循環研究領域 大浦典子)

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