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情報:農業と環境 No.118 (2010年2月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 気候モデルに使われるアルベド値の検証と葉の窒素濃度による推定手法の検討

Albedo Estimates for Land Surface Models and Support for a New Paradigm Based on Foliage Nitrogen Concentration.
Hollinger, D. Y. et al., Global Change Biology 16 (2), 696-710 (2010)

森林を伐採して農地を作ると、地球温暖化は促進されるだろうか。反対に、農地を森林に戻すと、地球温暖化は抑制されるだろうか。

森林を伐採し農地にすると、地温の上昇により土壌中の有機物の分解が加速し、大気中に二酸化炭素 (CO )が放出される。これは、温暖化を促進する効果があるだろう。一方、農地は、作物にもよるが、森林に比べ構造が単純で背も低いため、照りつける日射を反射しやすいという特徴がある。日射エネルギーは、一度植物や地面に吸収されたあと、まず地面を、次いで空気を暖める。したがって、同じように日が当たっても、それを反射しやすい農地は、反射しにくい森林よりも、空気を暖めにくい。これは温暖化を抑制する効果があると考えられる。実際、開拓期のアメリカ中西部で大規模に森林が伐採されて農地に変わったことで、この地域が寒冷化したという報告もある。

気候変動を予測する数値モデル (気候モデル) には、両方の効果が定式化されて組み込まれており、土地利用の変化が気候をどのように変化させるかを調べることができる。ただし、これらの効果は相反するため、モデルのわずかな誤差が予測を大きく狂わすこともある。本論文はこの点に着目し、気候モデルの中で、日射が反射される割合(アルベド)が正確に再現されているかを、実測データに基づいて検証した。

アルベド (albedo) とは日射の入射と反射の比で、空と地面に向けて設置した2台の日射計の測定値から算出する。森林であれば、森林より高いタワーを建て、その上で測定する。アルベドが小さいほど日射をより多く吸収する。気候モデル (厳密には、その一部である陸面過程モデル) の中では、アルベドは、このような実測データに基づいて、植生タイプごとに一定の値、あるいは内部で逐次計算した値が用いられている。

この論文では、北アメリカの温帯から冷帯を代表する生態系の27のサイト(落葉広葉樹が8、落葉針葉樹が1、常緑針葉樹が7、C草原が4、トウモロコシ畑が4、ダイズ畑が3サイト)から、のべ40年分以上のアルベドの実測値を集め、植生タイプごとに、実測値と、5つの異なる気候モデルで用いられている値とを比較した。

結果は、論文の第2表にまとめられている。全体としては、実測値とモデルの値には大きな相違はなかった。ただし、冷帯の常緑針葉樹林のアルベドは、どの気候モデルでも30%程度も過小評価されていた。また、一部の気候モデルは、落葉針葉樹 (ここではカラマツ林) のアルベドを過小評価しており、東シベリアに広がる2×10 kmのカラマツ林が実際よりも多くの熱を大気に放出しているように計算されている可能性が示唆された。このほか、実測値を用いたモデルの最適化、葉の窒素濃度とアルベドの定量化も試みられた。後者は、論文のタイトルの後半部分に相当し、著者らが2008年に発表した論文 (Ollinger et al., 2008) の裏付けである。葉の窒素濃度が高いほどアルベドが大きい傾向がはっきり現れている。応用先として、より日射を吸収しにくいイネの品種開発といったことも想定され、なかなか興味深い。

本論文の最大の意義は、これまで手つかずに近い観のあった、気候モデルのアルベドの値に対し、統計的に十分な量のデータを持って切り込んだ点にある。アルベドのようなもっとも基本的な情報についても、解析の余地が多分に残されている。今回は対象とならなかったが、熱帯林や水田はアジアを代表する生態系であり、アジアの研究者が責任を持って検証する必要がある。

なお、農業環境技術研究所は国内外の水田や湿地を対象に、アルベドを含む生態系のモニタリングを10年以上に渡って行ってきており、観測・モデリングのネットワーク (AsiaFlux) を通してアジア域の生態系プロセスの解明に貢献している。

(大気環境研究領域 小野圭介)

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