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農業と環境 No.121 (2010年5月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

GMO情報: ヨーロッパのポテト―商業栽培と試験栽培の承認

今年 (2010年) 3月2日、欧州委員会はドイツのバイテクメーカー、BASF プラントサイエンス社 (BASF) の組換えポテトの商業栽培を承認した。1996年に申請したものの、欧州連合(EU)が1999年から2004年まで組換え作物の新規承認を凍結し (モラトリアム)、モラトリアム解除後も承認作業は進まず、2008年には 「科学的根拠のない不当な引き延ばし」 と BASF が欧州委員会を訴えた案件だ。EUで商業栽培が認められている組換え作物はモンサント社のBtトウモロコシ ( MON810 系統) だけだが、これは1998年に承認されたもので、BASF のポテトはモラトリアム解除後、初の商業栽培承認品種となる。2月にスタートした新欧州委員会の最初の会議で承認されたため、今後の承認作業の進展を期待する声もあるが、まだ悲観的な見方の方が多い。商業栽培承認以上に深刻なのは研究開発段階の野外試験の停滞だ。

Amflora ポテト

今回承認された組換えポテト( EH92-527-1 系統)(商品名 Amflora )はアミロース (デンプン) の生成を抑えアミロペクチン含量を高めた製紙・接着剤用の工業原料作物だ。コメでもアミロース含量が低い品種は 「もちもち感」 が増し美味となるが、紙や接着剤の原料として利用する作物では低アミロース・高アミロペクチン品種が望まれる。食用ではないが、搾(しぼ)りかすの一部を家畜飼料として利用するため、EFSA(欧州食品安全機関)によって食用と飼料の安全性が審査され、2005年に EFSA は 「たとえ人が食用としても安全性に問題なし」 と結論した。しかし、ポテトに限ったことではないが、EUの承認作業は遅れに遅れ、申請から13年、モラトリアム解除からでも6年を経てようやく商業栽培の承認となった。

今回の承認に対して、フランスは自国での栽培は認めないと宣言したが、BASF も反対や妨害行動が予想される国で栽培する予定はない。一般農家が自由に栽培し出荷するのではなく、原料として全量買い取る契約栽培方式で、厳重管理のもと、今年はチェコ、スウェーデン、ドイツでそれぞれ 150 ヘクタール(ha)、80 ha、20 ha の計 250 ha を栽培し、来年はオランダでの栽培も計画している。チェコとドイツはBtトウモロコシの商業栽培実績があるが、スウェーデンとオランダでは初の組換え作物の商業栽培となる。

TILLING ポテト

2009年秋、ドイツ最大のデンプン製造メーカー、Emsland グループは、アミロペクチンのみを生成するポテトを100トン収穫し、初めて工業用原料として加工したと発表した。このポテトも組換え Amflora と同様に、アミロースを作らずアミロペクチンのみを生成するが組換えポテトではない。TILLING (Targeting Induced Local Lesions IN Genomes) 法と呼ばれるゲノム (全DNA情報)の特定領域に欠損を誘導する技術を用いて、アミロース生成に関与する遺伝子の活性を抑えた品種を作り出した。TILLING 法は化学薬品や放射線照射によって誘導された突然変異体を育種素材としており、2000年代前半から新しい育種 (品種改良) 技術として注目されるようになった。突然変異誘導は数十年前からある育種技術だが、近年、DNA解析技術の進歩によって、多くの突然変異誘導個体から、品種として有望な個体を高精度かつ効率的に識別することを可能にしたのが TILLING 法である。

組換え Amflora ポテトは、顆粒(かりゅう)結合デンプン合成酵素(gbss)の活性を制御する遺伝子を導入し、アミロース生成を抑制するが、遺伝子組換え技術 (アンチセンス技術) や選択マーカーを用いている。遺伝子組換え作物・食品では、「導入された遺伝子によって目的外の変化が生じ、有害物質が生産されるのではないか」 と不安視されることが多い。一方、TILLING に対しては、「ゲノムの特定領域に欠損を誘導する過程で、目的外の変化も起こるのではないか?」、「安全性審査も行うべきでは?」 という懸念はまったく上がってこない。組換え技術を使用していないため、食品や飼料としての安全性審査や環境への影響評価は不要であり、野外栽培にあたり論争になったり、反対派活動家から妨害されたりすることもない。

TILLING 法を遺伝子組換え技術に代わる新技術と称する声もあるが、けっして組換え技術に代わるものではない。TILLING 法によって改良できるのは、同種植物が持っている内在遺伝子が関与する形質のみであり、他の植物種や微生物の遺伝子を導入することはできない。また、突然変異誘導の段階で目的外の形質の変異を誘導する確率も高く、目的とする形質のみを改良するという点では組換え技術よりも精度は劣る。TILLING ポテトは開発から6年でアミロペクチンのみを生成する品種を育成したが、組換え技術よりも品種育成に要する期間は長くかかっている。しかし、安全性審査は不要であり、Amflora ポテトのように完成してから13年も待たされることはない。社会的抵抗もなく、政治問題や反対派の標的にならないのが最大のメリットと言える。

BASF も2000年代に低アミロース高アミロペクチンポテトの開発を始めたとしたら、組換え技術による品種育成は選択しなかっただろう。目的とする遺伝子周辺のDNA配列を目印 (マーカー) とした 「マーカーアシスト法」 や TILLING 法による品種改良は近年、遺伝子情報の全体像の解明やコンピューターを含む分析機器の飛躍的な進歩とともに発展し、利用範囲は広がっている。しかし、技術的な制約や限界もあるし、外来遺伝子のみが持つ有望な形質を導入することはできない。組換え技術を使用しなくても可能な品種改良は、多少時間がかかっても、そちらを選択した方がビジネスとしては賢明であるが、「組換えに代わる新技術」 とか 「組換え技術はもう不要」 というのは明らかに誤りである。

英国 リーズ大学の栽培試験承認

EUでは商業栽培の承認はEU共通の基準で行われ、EFSA が審査し、欧州委員会で決定されるが、試験研究段階の野外試験は各国政府の判断基準で承認される。4月1日、英国の環境食糧農村地域省(Dfera)はリーズ(Leeds)大学が申請したシスト線虫抵抗性ポテトの野外試験を承認した。2012年までの3年間、10アール(1,000 平方メートル)の小規模な試験であるが、交雑防止のための隔離や栽培後の処分方法など厳しい制約が課せられている。承認は各国の判断によるが、EUは小規模な試験栽培でも透明性・公開性を確保するため、試験期間や栽培場所の公開を義務付けている。リーズ大学のシスト線虫抵抗性ポテトの試験栽培は2008年にも承認されたが、栽培開始直後の6月上旬、過激活動団体によって圃場を破壊された。この年、英国では5月にも BASF 社の病害抵抗性ポテトの野外試験が過激派団体によって妨害されている(Nature 453: 979. 2008/6/19号)。リーズ大学の研究者は 「組換えポテトの研究開発費用は2万5千ポンドだが、24時間警備など過激派対策に10万ポンドを要した。大学独自の対策は限界だ。小規模の栽培試験は非公開とし、安全対策コストも政府が負担すべきだ」 と Defra に訴えたという (ロイター通信、2008/7/28)。

「軍用基地内で試験栽培するのも一案」 などと英国の大衆紙は報じたが、幸いにもこの案は実行に至らず、2009年は厳重な警戒の中で試験栽培を終えることができた。今年の試験は前年とは別系統の遺伝子を導入したもので、まだ形質発現の確認や優良系統の選抜段階である。英国ではナタネ、ポテト、ビート(テンサイ)、小麦など1990年代は年間30〜40件の野外試験栽培が行われていたが、1999年のモラトリアムととともに急減し、2009、2010年はリーズ大学の試験1件しか行われていない(GMO-COMPASS)。現在も疫病抵抗性など組換えポテトの研究を行っている大学や研究所は複数あるが、野外試験に進むものはほとんどない。Defra による審査が厳しいのか、さまざまな要因から研究者側が野外試験をためらっているのかはっきりしないが、野外試験の停滞は実用化を目指す品種開発にとっては致命的だ。Defra は今年1月5日、今後の英国食糧政策 「Food 2030」 を発表し、食糧の安定生産と環境保全のため、遺伝子組換えを含むバイテク技術を積極的に活用していく方針を示した。しかし、英国に限らず、EU各国は組換え作物・食品の栽培や輸入に対して、過剰とも言える厳しい規制を課している。これは大手バイテクメーカーに対してよりも、自国の大学や研究所での研究開発により大きな負担となっている。「Food 2030」 ではこの問題の解決策には特に触れていない。日本にとっても他国事ではない問題だ。

ヨーロッパの今後 栽培承認の新システム 今夏発表

3月2日の欧州委員会では Amflora ポテトの承認とともに、商業栽培承認システムの改訂案を今夏までに提示することが発表された。安全性審査を経て、栽培しても問題なしという判断をEU共通の基準で行うのは今まで通りだが、最終的に栽培するかどうかは各国の判断にゆだねるというものだ。昨年6月にオーストリアなどが提案した主張が受け入れられることになる (農業と環境112号)。改訂案の詳細はまだ明らかになっていないが、単に 「反対だから栽培しない」 と言うのではなく、それなりの理由が必要ということになるようだ。どんな改訂案が提出されるのか、それが現実に適用可能なものなのか、あるいは理念先行で実際は機能しないものなのか注目される。組換え作物・食品の承認問題に限らないが、27か国となったEUは連合体としての統一と各国の自主性や利害関係との間で多くの課題を抱えている。今回の改訂案も 「これで決定、これからはこのやり方で行く」 というより、試行錯誤の途中の実験段階の提案と見るべきだろう。EUの行政日程から、夏休み前の7月下旬か休み明けの9月中下旬に発表されることになる。

おもな参考情報

Butler D. (2010) A new dawn for transgenic crops in Europe? (Amflora ポテト承認はヨーロッパの組換え作物にとって新しい夜明けとなるか?)(Natureニュース、2010/3/9)
http://www.nature.com/news/2010/100309/full/news.2010.112.html

「精密育種法でスーパーポテトを育成」 (EurekAlert 2009/12/8)
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2009-12/f-pbc120809.php

「英国 リーズ大学の組換えポテト試験承認」 (Defra 2010/4/1)
http://www.defra.gov.uk/news/2010/100401b.htm (対応するページが見つかりません。2012年1月)

英国の組換え植物の野外試験栽培数の推移 (1992-2008年)(GMO-COMPASS)
http://www.gmo-compass.org/eng/agri_biotechnology/field_trials/222.united_kingdom_field_trials_gmos.html

農業と環境112号 GMO情報「ヨーロッパの商業栽培事情」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/112/mgzn11206.html

白井洋一(生物多様性研究領域)

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