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農業と環境 No.123 (2010年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 290: 土と地球 −土は地球の生命維持装置、 粕淵辰昭著、 学会出版センター(2010年5月) ISBN978-4-7622-3063-9

土を物理的な面から調べる研究を長年行ってきた著者が、「土とは何か」 を初心者にも理解してもらうことを目的に著した。読んでみると、わかりやすい解説書であるにとどまらず、土とは何か、土をどうとらえるべきかという、いわば土の本質について、斬新(ざんしん)で意欲的な提起がなされている。

前半(1〜8章)は、本書の副題に 「土は地球の生命維持装置」 とあるように、太陽系の惑星の中で土はなぜ地球にしかないのか、土の構造と機能、土の生成などについて、解説する。土とは何か。著者は、「土とその周辺は、エネルギーと物質が地球上で最も激しく流れている場所」 と性格づける。すなわち、土の表面 (地表面) では、昼間は太陽放射エネルギーの内部エネルギーへの変換が起こり、夜間は内部エネルギーの放射エネルギーへの変換が起こっている。その結果、温度勾配(こうばい)は大きくなる。そしてエネルギーの流れは物質の流れを引き起こし、土とその周辺はエネルギーと物質が地球上でもっとも激しく流れている場所と定義される。

植物は、土壌で起こっているこうした激しい流れの中に身を置き、その中でじっとしていることによって、周りで激しく流れているエネルギーや物質を利用することができる。さらに、土はエネルギーや物質をためる貯蔵所と理解されがちだが、そうではなく、基本的にはエネルギーや物質が流れている場所と考えた方が土の本質をより正しく理解できるとしている。そして、植物はこの流れを有効に利用することで生存しており、その結果、植物が陸上で大発展できたと考える。

後半(9〜12章)では人間と土とのかかわりについて、人間が土をどのように扱ってきたか、その結果土にどのような問題が生じてきたかを解説し、最後にこれから土とどのようにつきあっていったらよいのか、著者の考えを述べて読者に問題提起している。

「土とその周辺は、エネルギーと物質が地球上で最も激しく流れている場所」という定義付けは、著者が行ったフィールドでの計測に基づく研究結果に裏打ちされており、中でも水田の田面水のデータは興味深いので紹介する。水田では太陽光線が湛水層を通して土の表面で熱に変わり、土の表面近くの水は温められて対流が起こる。対流速度は1mm/秒にもなり、その結果、田面水は1時間に36回も攪拌(かくはん)されることになる。対流は水の中の物質を攪拌して均一にし、大気とのガス交換も活発になる。

さらに田面水は、日中は光合成細菌の光合成によって pH が9にも上昇し、夜間は7以下に低下する。溶存する二酸化炭素は夜間には 25 ppm だが、昼間は 10 ppm 近くまで低下する。逆に溶存酸素は、夜間では 8 ppm であるのに対し、晴天日の日中は 20 ppm にも及ぶという。高い酸素濃度は、シアノバクテリアや珪藻(けいそう)の光合成による酸素発生と、対流により水が攪拌され均一化するためであるが、渓流の酸素の多い水でも 8 ppm であり、田面水は地球上でもっとも酸素の多い場所である。そしてこの高い酸素濃度が、水田でさまざまな動物が生きていくことを可能にしていると考える。

最後の章、「土とどのように向きあうか」 では、土がよくなったかどうかの判断基準として 「多様さと不均一さ」 をあげる。その際、人間にとって良ければ、たとえ人間以外に悪影響を及ぼしても良いという考えを改め、人間の都合を尺度に入れないことが重要と説く。これは、人間が地球を管理するという責任を持つに至ったからであり、人間に課せられた新たな責任であると、著者は「あえて」訴える。

著者は、農環研の前身である農業技術研究所で土壌物理の研究に携わってこられた。本書は、土壌物理にこだわらずに化学的・生物的な面についても幅広く説明することをねらい、結果的に 「物理を柱にして、化学的あるいは生物的側面もあわせて土を見るとこのようになる、と言えるかも知れません」、と述べているが、だからこそ新鮮な提起になっていると感じた。多様性というと生物のみが注目されるが、「物理的、化学的な多様性にもっと注目すべき」 というのは正にその通りだと思う。田面水にみるように、エネルギーや物質の激しい動きがあるからこそ生物の多様性が維持されているのである。

目次

序章  土にふれる

第1章 土は地球にしかない

第2章 土はエネルギーと物質の流れる場

第3章 土と水

第4章 流れる場の特徴

第5章 土の中の化学変化と物質の流れ

第6章 植物と土

第7章 気候と土―世界の土

第8章 石になる土

第9章 農地の土

第10章 農地生態系と自然生態系

第11章 土と人間

第12章 私たちは土とどのように向きあうか

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