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農業と環境 No.124 (2010年8月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 地球システムの境界−人類が安全に活動できる領域を探る

A safe operating space for humanity.
Rockström et al.,
Nature 461(24), 472-475 (2009)

Planetary boundaries: exploring the safe operating space for humanity.
Rockström et al.,
Ecology and Society 14(2), 32 (2009)
[on line] URL: http://www.ecologyandsociety.org/vol14/iss2/art32/

上記の二つの論文のうち、Nature 誌に掲載された論文は要約版であり、著者らの研究の詳細は、Ecology and Society 誌に掲載された論文に示されている。

人間活動が地球の気候や生態系に与える影響が顕在化しつつあり、人間活動が地球システム(注)に与える負荷が増大し続けると、人類にとって危機的な、あるいは壊滅的とも言える地球規模の環境変化が起こる可能性がある。モントリオール議定書に基づいてオゾン層破壊物質が規制され、気候変動に関する国際連合枠組条約に基づいて地球温暖化防止に向けた国際協議が進められるなど、われわれは人間活動による地球環境の改変を、決して傍観してきたわけではない。しかし、人間活動による地球システムへの負荷が増大するなかで、オゾン層破壊や地球温暖化以外の、地球システムにとって無視することができない他の重要なプロセスに対しても、われわれは注意を払う必要がある。

人類が現在の社会経済的発展を維持するためには、どの程度の地球環境変化が許容されるのか。この問題へのアプローチの一つとして、本論文では地球システムの重要なプロセスについて、人類が安全に活動できる 「地球の境界」( planetary boundaries、大気境界層を表す planetary boundary layer とは無関係) という新たな概念を導入した。この境界の内側は、地球システムが自らの回復力 (resilience) を発揮することによって基本的な機能を維持できる、いわば 「人類が安全に活動できる領域 ( a safe operating space for humanity )」 である。一方、この境界を越えると、たとえば、温暖化の進行に伴う北極圏の氷河・海氷域の後退のように、大陸・地球規模で、非線形かつ突然の環境変動が起こる危険性がある。

本論文では、気候変化、海洋の酸性化、成層圏オゾンの減少、窒素およびリンの生物地球化学的循環の変化、地球規模での淡水利用(の増加)、土地利用変化、生物多様性の減少、エアロゾルの負荷、化学物質による汚染という、9つのプロセスをとりあげている。これらのプロセスは、気候変化や海洋の酸性化のように、もともと大陸・地球規模のものと、淡水利用の変化や土地利用変化のように、元来は局所的・地域的なプロセスだが、多くの場所で同時に起こることにより地球規模での問題となるものに分けられる。著者らは、各々のプロセスについて、指標となる制御変数 (control variable) とそのしきい値 (threshold) を決定し、制御変数がしきい値を越えないように、ある程度の安全性を見込んで地球の境界を設定した。しきい値はプロセスによって固有の値をとるが、境界の位置(境界値)は、われわれがどれだけの安全性を見込むか (しきい値を越える危険性としきい値の不確実さをどのように取り扱うか) という考え方にも依存する。

上記の9つのプロセスのうち、エアロゾルの負荷、化学物質による汚染については、現時点では定量的な議論ができない(地球の境界を設定できない)。残りの7つのプロセスについて定量的な検討を行った結果、気候変化、生物多様性の減少、窒素循環の変化(陸域生態系の酸性化と沿岸・淡水域の富栄養化を通して生態系の回復力に影響を及ぼす)の3つのプロセスは、すでに地球の境界を越えていることが明らかになった。ちなみに、地球の境界の値として、気候変化はCO濃度で350ppm、放射強制力で+1Wm−2、生物多様性の減少は100万種あたり年間10種、窒素循環は工業・農業による大気窒素の固定速度で年間35Tg (Tg=1012g) という値が示されている。

どのような地球プロセスに地球の境界を設定するのかについてはおおむね合意できるにしても、そのプロセスの制御変数として何を選び、境界値をどこに設定するのかについては、多くの議論があるところだろう。科学的知見が不十分なため、本論文で提案された境界が不確かなことは、著者らも認めるところである。たとえば、上記の窒素循環の境界については、生態系レベルでの科学的知見はあるが、地球規模でのしきい値の存在は不明で、境界値は不確定性が大きいとされている。このように、元来は局所的・地域的なプロセスについて、地球規模での境界をどのように設定するのかは、難しい問題である。また、境界の設定において、境界間の相互作用も問題を複雑にしている (論文中では、アマゾンの森林破壊がチベットの水資源に影響を及ぼす可能性をあげて、淡水利用に関する境界と土地利用変化および気候変化の境界との関連性を指摘している)。なお、本論文では、他のプロセスでは境界を越えていないことを仮定して、それぞれのプロセスの境界値を決定している。

このように、個々の境界の設定については難しい問題が残されているとはいえ、地球の境界という新たな概念を提起し、地球システムを統合的に議論する枠組みを提供した点に、本論文の価値がある。また、本論文で提起された9つの地球の境界のうち、海洋の酸性化を除く8つの境界が、程度の差はあるにしても、農業環境技術研究所の研究テーマと関連していることは注目すべきであろう。われわれが取り組むべき課題は地球温暖化だけでなない。

注)地球システムとは、地球上の生物・物理学的、社会経済学的プロセス、および気圏、水圏、雪氷圏、生物圏、地圏, 人間圏(anthroposphere)の相互作用の全体をさす。

(大気環境研究領域長 宮田 明)

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