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農業と環境 No.125 (2010年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

第3回環境中ヒ素国際会議 (5月 台湾(台南)) 参加報告

ヒ素は有害な物質の代表のように思われているのではないでしょうか? 確かにヒ素化合物には急性毒性の高い亜ヒ酸などがありますが、ほかにもさまざまな化学形態の化合物があり、たとえば魚介類に多く含まれるアルセノベタインと呼ばれるヒ素化合物のように、ほとんど毒性のないものもあります(図1)。また、ヒ素には肺がんなどの発がん性の問題もあり、今年2月に行われた国際会議 (JECFA) で食品中ヒ素の健康リスクへの評価がおこなわれています (ヒ素に関する第72回JECFA報告と農業環境技術研究所の研究 ( http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/123/mgzn12306.html ))。

図1 ヒ素の化学形態(化学式);急性毒性の高いヒ素化合物である亜ヒ酸と、ほとんど毒性のないヒ素化合物であるアルセノベタインの化学式を示した

図1 ヒ素の化学形態

環境中ヒ素の問題は国際的に注目されており、5月17日から21日まで第3回環境中ヒ素国際会議(http://www.as2010tainan.com.tw/ (該当するページがみつかりません。2014年10月)) が台南(台湾)の国立成功大学で開催されました。参加者は、各国の大学等研究機関の研究員など約150人でした。

台南への移動は台北(桃園)から台湾新幹線を利用しました。新幹線の台南駅のまわりは何もない田園地帯で、台南市街まで無料のシャトルバスが運行されていました。

成功大学(写真)

写真1 第3回環境中ヒ素国際会議の会場(成功大学)

会議では、セッションA:「ヒ素の排出源」、「ヒ素の化学形態と地下水へのヒ素の放出」、「帯水層における移動性」、「リスクアセスメントとモデリング」、「ヒ素の分析手法」、セッションB:「海洋及び陸上生態系におけるヒ素」、「ヒ素汚染地下水・土地の評価と修復」、「南米におけるヒ素」、セッションC:「健康影響、疫学、バイオマーカー、リスク評価」、「南西台湾の黒脚病地域の帯水層におけるヒ素と腐植物質に関する地球化学と微生物学」、「米のヒ素」に分けて、ヒ素に関する幅広い研究成果が発表されました。

筆者(荒尾)は、「米のヒ素」のセッションで、過去の日本の農耕地ヒ素汚染に関する研究を紹介し、水田の落水管理により米中のヒ素含量は減少するがカドミウム含量は逆に増加する「トレードオフ関係」について発表しました(Arsenic contamination in paddy soils and rice in Japan: effects of water management on arsenic and cadmium content in rice grain T. Arao & Y. Maejima)。

日本では1970年代に農耕地のヒ素汚染に関する多くの研究が行われました。その中で、1モル塩酸水溶液で抽出される土壌ヒ素濃度が高いと水稲の収量が減少することが圃場試験で確認され、1975年には農用地の土壌の汚染防止等に関する法律の特定有害物質にヒ素(汚染水田の基準値:1モル塩酸抽出土壌ヒ素濃度15ppm以上)が追加されました。また、水田の湛水管理で土壌中の鉄がヒ素と同時に溶出することも明らかにされ、現地水田土壌中の溶けやすい鉄(2価鉄)の発色を指示薬で確認することで水稲のヒ素障害発生の予測が可能であることも示されました。これらの成果のほとんどは日本語でしか発表されておらず、最近になって欧米の雑誌で「再認識」されている成果も多くあります。今回の発表も参加者の関心を呼びました。

米中のヒ素の化学形態は亜ヒ酸の割合が高く、この会議でも「米のヒ素」として独立したセッションがあったことからもわかるように、健康リスクの点で国際的な関心が寄せられています。農環研の重金属リスク管理リサーチプロジェクトでは、農林水産省による委託研究プロジェクトの中で、水稲におけるヒ素の体系的なリスク低減技術の開発 (http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/project/seisan_koutei/ac/research/research_topic.html) を担当し、米のヒ素低減技術開発などに取り組んでいます。

第3回環境中ヒ素国際会議の参加者(集合写真)

写真2 第3回環境中ヒ素国際会議の参加者

次回の環境中ヒ素国際会議は2012年にオーストラリアで開催されます。

荒尾知人 (土壌環境研究領域・重金属リスク管理RPリーダー)

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