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農業と環境 No.125 (2010年9月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

本の紹介 294: 人間にとって科学とは何か、 村上陽一郎 著、 新潮社(2010年6月) ISBN978-4-10-603662-0

現在では、科学が社会に大きな影響を及ぼすようになり、逆に社会から科学に対する要望はふくらんでいる。そうした中、科学や科学者の役割やあり方、科学と社会の関係、科学を利用しようとする一般市民の役割等、たいへん複雑で難しくなってきている。こうした点を考えるうえで、科学者にとっても科学を利用する一般市民にとっても、有益な一冊である。

以下、内容の一部を紹介する。

科学と科学をとりまく状況は、驚くほど速い速度で変化している。科学技術立国がうたわれ、社会のための科学、社会の中の科学が当然のようにさけばれているが、じつはこうした考えがでてきたのは驚くほど新しい。

そもそも「科学」の歴史自体、19世紀と新しい。最初期の科学者たちは自分たちの地位向上をめざして同業者団体を結成、さらに19世紀後半になってそれぞれの専門領域の科学者からなる「専門学会」が誕生する。そこでは自らの好奇心に従って研究をし、得られた知見は学会誌の中に蓄積されていく。すなわち科学は、知識そのものを科学研究の目的とし、学会という共同体の中で自己完結し、外部からの介入を排除しようとした。

科学者の研究生活は国家や財団が主体となって支えてきた。それらはいわば芸術家に対する支援のように、見返りを求めない支援であった。一方、科学者の方は、閉じられた共同体の中で知識を共有し、評価し合い、発展することのよろこびが支えであり、知ることに対する強い欲求を持つ人だけが科学を行っていた。それに対して技術は、科学とはまったく異なる道筋をたどる。すなわち、その成果を利用するクライアントが必ず存在し、「徒弟制度」という社会制度によりその知識と技術は独占的に継承されていった。

こうした科学者共同体の内部で自己完結していた「プロトタイプ」の科学に対し、20世紀に入ってしばらくして、新しい動きが起こる。すなわち、核兵器開発に見られるような国家レベルの軍事利用や産業利用が始まったことで、「ネオタイプ」の科学の誕生となる。そこでは研究対象は科学者自身ではなく外部からの要請により選定され、その結果、研究者の活動が社会の変化をもたらすようになった。こうして科学もクライアントを持つようになり、クライアントに対して道義的責任が生まれるとともに、社会に対して大きな影響を及ぼすこともあることから、一般の人々に対しても道義的責任が生じてくることになる。

科学が現実社会と向き合うようになると、「科学的合理性」だけでは判断つかない問題にしばしば直面することになる。たとえばGMOや生物多様性、ヒトクローンなど、もはや科学だけでは結論を出せない広がりをもった問題が増えている。そこでは、科学技術と人間・社会との間の新たな関係の構築が必要となる。

そうした科学が社会の要請に応え、科学と社会の関係がますます複雑になる中でも、プロトタイプの科学の重要性も強調する。科学者の自由な発想に基づいて研究し発展させていくプロトタイプの科学は社会の利益という点からは軽視されかねないが、そうしたことにも価値を見いだし、生涯をかけるような面が人間にはある。事実、それを社会が容認してきた結果、科学はここまで進んできた点を認識すべきであるという。また、今までは科学者の世界でしかできなかった科学者の評価は、ネオタイプの研究の場合はクライアントの役に立つかどうかが評価の基準になろう。でもそれは、研究者としては自殺行為になりかねないと懸念する。

プロトタイプの研究の場合には、たとえ一般社会への直接のリターンがなくても研究はやるべきものと考えるならば、それを理解してもらうためのなんらかの手を打つ必要がでてくる。しかし、専門家のやっていることを非専門家にわかりやすく伝えるということは、容易ではない。そこで、専門家と非専門家をつなぐ、橋渡しの役として期待されるのが、「インタープリター」である。インタープリターは科学のための科学、知識のための知識の必要性を、一般の人たちに知らせる役割も果たさなくてはならない。

科学の研究から生まれた成果を行政や産業が利用することによって、科学と無関係な一般の人々にも研究成果が大きな影響を及ぼすようになったことで、コンセンサス会議やサイエンスカフェなど、非専門家の人々が、科学の社会での利用に関する意志決定に参加する場面を作ろうという仕組みが考え始められている。そういう場面で問題を理解する筋のようなものが科学リテラシーであるという。そして、一般の人たちの科学リテラシーを上げることが必要であり、そのために大学教育の役割として、新たな教養教育の必要性を提案する。

目次

まえがき

1 「科学の本質」 はいかに形成されたか

2 ネオタイプの科学の誕生

3 医療における新たな制度

4 科学的合理性と社会的合理性

5 生命倫理をめぐる試論

6 安全とリスクの科学

7 社会における意志決定

8 社会とは何か

9 私たちにとって科学とは何か

おわりに 人間にとって科学とは何か

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