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農業と環境 No.126 (2010年10月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: 微量の環境汚染物質を選択的に捕まえるテーラーメードの合成ポリマー

Online Hyphenation of Multimodal Microsolid Phase Extraction Involving Renewable Molecularly Imprinted and Reversed-Phase Sorbents to Liquid Chromatography for Automatic Multiresidue Assays
Boonjob, W. et al.,
Analytical Chemistry, 82 (7), 3052-3060 (2010)

抗体や酵素などは、特定の分子に対して特異的または選択的に応答する機能的なタンパク質である。このようなタンパク質の分子認識と呼ばれる機能は、臨床医学検査など幅広い分野で利用されている。具体的な例では、妊娠やインフルエンザなどの診断、アレルギー物質の検出などに抗体が利用されていることが挙げられる。しかし、機能的なタンパク質の分子認識能は、温度、pH、イオン強度などの物理化学的要因、有機溶媒や金属イオンなどの存在によって打撃的な影響を被る。

ここで紹介する分子インプリントポリマー (molecular imprinted polymer, MIP) は、抗体などの分子認識能に匹敵する特性を持った合成高分子で、物理化学的要因などの影響を受けにくい性質を持つことから、多くの研究者の関心を呼び、おもに、環境中に極微量で存在する汚染物質の分離のための捕捉資材として開発研究が進められてきた。

本論文は、MIP が、雑多な成分で構成される環境試料から汚染物質を選択的に分離するための捕捉資材として、有効であると提起しつつ、試料中に共存するさまざまな妨害物質が MIP と非特異的に結合し、標的物質に対する認識能が失われてしまう可能性があることを指摘している。

著者らは、MIP の特性と課題に焦点を当て、クロロトリアジン系除草剤とその分解生成物をモデル標的物質とし、これらを選択的に認識する MIP と市販の捕捉資材 (N-ビニルピロリドン-ジビニルベンゼン共重合体) をマイクロカラム化したものを用いて、オンラインで抽出、濃縮および検出が可能な自動分析システムを構築し、MIP の応用可能性を評価した。

自動分析システム内に注入された環境試料 (井戸水、河川水、水道水および農地土壌) からの標的物質の抽出および濃縮の際、トルエンを流すことで、妨害物質を排除した。この時、標的物質はマイクロカラム内に保持され、選択的な抽出および濃縮が達成できた。この自動分析システムによって、水試料では0.07〜0.12 ng/mL、土壌試料では1.3〜1.7 ng/mL というきわめて低い濃度レベルの標的物質を検出できた。本論文の結果から、著者らは MIP を基盤とする自動分析システムの有効性と MIP の応用可能性を主張しており、分析化学および環境化学の研究分野への貢献が期待されるとしている。

環境中に極微量に存在する汚染物質を確実に検出し、その濃度を知るためには、高精度かつ高感度な分析機器が欠かせない。しかし、分析前の抽出や濃縮といった地道な試料調製の作業により、分析結果の信頼度は大きく左右される。ここで、MIP の分子認識能を巧みに利用して、分析の精度を維持しながら試料の調製を効率的かつ的確に行うことができれば、分析結果の信頼性を向上できるだろう。

ここで紹介された MIP は、従来の試料調製の課題を打破すべく多くの可能性を兼ね備えており、環境汚染物質の試料調製にとどまらず、さらに幅広い応用研究がなされることによって、抗体や酵素などを凌駕(りょうが)する次世代の分子認識素子としての発展が大いに期待される。

(有機化学物質研究領域 渡邉栄喜)

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