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農業と環境 No.127 (2010年11月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

論文の紹介: りん酸質肥料の施用土壌における作物のカドミウム蓄積の推定

DGT estimates cadmium accumulation in wheat and potato from phosphate fertilizer applications
Angela L. Perez, Kim A. Anderson
Science of the Total Environment, 407, 5096-5103 (2009)

農業環境技術研究所では、農業資材中のカドミウムが農業環境に及ぼす影響を評価するため、カドミウム非汚染水田における年間のカドミウムの収支を検討した(平成19年度研究成果情報(第24集):カドミウム非汚染水田における年間カドミウム収支)。その結果、カドミウムの供給源としては肥料(りん酸質肥料)の寄与が大きいものの、灌漑(かんがい)水からのカドミウムの負荷等を含めた水稲1作あたりの土壌中カドミウム濃度の上昇分は 0.0016 mg/kg と推定され、平均的な土壌のカドミウム濃度 ( 0.3 mg/kg) と比較して非常に小さいことを明らかにしている。

今回紹介する論文も、同様に、肥料中のカドミウムの土壌、作物への影響に着目し、りん酸質肥料の施用量と土壌の可給性カドミウム(作物に吸収されやすいカドミウム)濃度および作物中のカドミウム濃度との関連を検討している。

この論文では、DGT (diffusive gradients in thin films) 法を使って可給性カドミウムを評価している。DGT はゲル内を拡散移動した物質を定量する手法であり、農業と環境 No.101「論文の紹介:土壌中の可給性カドミウムの簡易測定法」 にも記載したとおり、植物の根を模していると考えられ、DGT 法で求めたカドミウム濃度は、土壌の可給性カドミウムの指標として利用できる。

著者らは、土壌および気象条件の異なるオレゴン州 (米国) 内の4ほ場 (2ほ場は灌漑あり・コムギとジャガイモの輪作、残りの2ほ場は灌漑なし・コムギ栽培) において、りん酸質肥料4水準(無施用区、通常区、2倍区、3倍区)の肥料試験を3年間実施し、土壌と作物を収集した。施用したりん酸質肥料中のカドミウム濃度は 20〜52 mg/kg と比較的高く、わが国で一般に用いられているりん酸質肥料と比べて、カドミウムを10倍程度多く含んでいる。

DGT 法で求めた可給性カドミウム濃度(以下、Cd DGT)は、試験1年目においてはりん酸質肥料の施肥量が増えても影響されなかったが、2年目以降はりん酸質肥料の施用量に応じて増加する傾向にあった。このことは、りん酸質肥料の施用により、可給性カドミウムがゆっくりと増加したことを示している。また、土壌の有機物含量、陽イオン交換容量、pH、全カドミウム濃度は Cd DGT と有意な相関を示したことから、施肥に伴う土壌理化学性の変化、たとえば土壌pHの変化もカドミウムの可給性に影響していると考えられた。

りん酸質肥料の施用により、作物(コムギとジャガイモ)の可食部中のカドミウム濃度は高まり、試験を実施した4地点のうち3地点において、可食部中のカドミウム濃度とりん酸質肥料の施用量との間に正の相関が認められた。可食部中のカドミウム濃度と土壌の理化学性との関係を重回帰モデルにあてはめると、土壌の有機物含量、陽イオン交換容量、pH、Cd DGT、全カドミウム濃度、土壌溶液中のカドミウム濃度が可食部中カドミウム濃度に影響していることが示された。重回帰モデルに肥料からのカドミウムの負荷量を加えることにより、可食部中カドミウム濃度との相関性が向上した。このことは、りん酸質肥料がコムギやジャガイモ可食部へのカドミウム供給源になりうることを示唆している。

以上の結果より、著者らは、DGT 法で得られた可給性カドミウム濃度 (Cd DGT) が肥料からのカドミウムの負荷量と正の相関を示し、さらにコムギ、ジャガイモ可食部中のカドミウム濃度が重回帰モデルで説明できることから、Cd DGT を含む重回帰モデルは、肥料中のカドミウムの許容濃度の設定、あるいは複数年にわたる施肥に由来するカドミウム蓄積の推定に活用できると結論している。

わが国で流通しているりん酸質肥料のカドミウム濃度は、この論文で用いられたものよりおよそ1桁低いこと、肥料に含まれるカドミウムうち、作物に吸収されるカドミウムは 0.13 %にすぎないというダイズ試験の結果(平成14年度研究成果情報(第19集):113Cd標識肥料を用いた肥料由来カドミウムの土壌負荷量の推定)を考えあわせると、りん酸質肥料中のカドミウムの作物影響は極めて小さいと考えられ、現状では無視して差し支えない。むしろ、廃棄物由来の有機質資材、たとえば汚泥肥料を連用したときのカドミウムの可給性評価に本論文の Cd DGT を含む重回帰モデルを適用し、作物可食部中のカドミウム濃度の推定に応用すること等が期待される。

(土壌環境研究領域 川崎 晃)

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