著者は新聞・雑誌の多数の記事を執筆するライター。邦訳書に 「人はなぜ、こんなにも幸せになれるのか−初めての庭の物語」 があるなど、ガーデニングに強い愛着を持つ。その著者が、ふと思いついてミミズコンポストを買ってミミズを飼い始め、大地を耕すミミズの働きに強い関心を持つようになる。
ミミズの働きを最初に科学的にとらえたのは、ダーウィンであろうか。ビーグル号の航海の後、健康を害してしまったダーウィンは、静養のために訪れたおじの家の牧草地で、何年かの間に糞(ふん)が積み上げられ、もとあったレンガが地中に埋没しているのを見て、ミミズこそが肥沃な表層土を形成するのだと信じるようになる。彼が1882年に死去する1年前に出版した 「肥沃(ひよく)土の形成」 は、もっとも知られざる書とも言われているが、本書によると驚くほどの人気を博したという。ダーウィンが何よりも重視したのは、岩石の粒子を細かく砕いて植物残渣(ざんさ)と混ぜ合わせ、それに消化管からの分泌物を加えて土壌そのものを変化させる、ミミズの力であった。
ミミズはいつごろ地球上に現れたのだろうか。構造が柔らかいミミズは化石記録には残りにくいが、ミミズトンネルに似た穴が化石を貫いているのが時々見つかる。5億年ほど前のカンブリア紀には、ミミズの祖先はすでに存在していたらしい。今日、世界の異なる大陸で見つかるミミズは互いによく似ていることから、2億年ほど前、超大陸パンゲアが分裂を始める前にはすでに存在していたと考えられる。
アメリカの庭土で見かけるミミズの多くは、在来種ではなくて外来種であるという。1万年以上前の氷河期には、カナダ、米国の北部、北欧諸国は氷と雪に覆われ、それまでの温暖な時代にミミズが生息していたとしても、氷河期の終わりころには一掃されていた。氷河の南限よりも低緯度には在来種のミミズが生息していたであろうが、生息環境の破壊や外来種の導入により、だんだんと姿を消していった。
外来種のミミズは、ときに農業や森林植生に被害をもたらす。フィリピンでは、道路の建設や外来植物の輸入とともにもたらされたと考えられる南米やアジアのミミズにより、棚田から水を抜くとたちまち田んぼは穴だらけになってしまう。米国ミネソタの森林では、下層植生がどんどん失われるようになり、山野草の花も見かけず、実生の若木も根付かなくなった。氷河期の影響で過去1万年の間ミミズが生息していなかった土地に外来種を含むミミズが住みつき、地表面の落葉落枝(らくようらくし)を食いつくすまでに増殖したためと考えられている。
農業にとってのミミズの有用性は、いろいろと語られている。ニュージーランドはもともと在来種のミミズの乏しい土地であり、ヨーロッパからミミズを導入することで、ミミズの効果を示す実験場となった。フランス人のアンドレ・ブォアザンは、ナイル川、インダス川、ユーフラテス川の流域はミミズの生息数がけたはずれに多かったことを突き止め、これらの地域で大文明が栄えた理由の一つに土を肥沃にするミミズの存在を挙げている。
ダーウィンが晩年強い関心をいだいたのは、大地を創造し、生命の循環を支えているミミズの働きである。ミミズは土壌圏の重要な構成員であるが、不明なことが多い。土の中に生息しているために見ることが困難だし、その一見グロテスクな形態から、昆虫のように愛着を持たれることもない。われわれになじみがあるのは表層土生息型のミミズであるが、深層土生息型のミミズは見つけるのも難しい。大きさもさまざまで、体長1メートルにも達する大型の種もいるという。世界には数千種のミミズがいるが、日本で記録されているのは100種ほどに過ぎないという。その生態、物質循環や農業における機能の解明等、解明すべき課題は多い。
目次
はじめに
第1章 ダーウィンのミミズ
第2章 謳われざるヒーロー
第3章 大地は動いた
第4章 大地の腸
第5章 目のなく耳もなく
第6章 今、地中にある危機
第7章 侵略者の顔
第8章 巨大ミミズを追いかけて
第9章 生きた農耕機具
第10章 文明の礎として
第11章 生ごみを黄金の土に
第12章 あなたが必要
第13章 高みへと昇るミミズ
おわりに